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【雑 感:2002/06/01】
VOICE
ー「1,000兆円の夢」シリーズー
「仮想世界に生きる国民」
chaさんは、ヤフーの政治「掲示板」で、知る人ぞ知る有名人です。
誰も日本で利益だしてる人ないよ。
名目上利益がでてるかの如く帳簿を作ってる会社ばっかだよ。
んだから、あんたの食ってるもんも、ホントは偽物さ。
あんただって利益だしてるようには見えん。
2002年4月29日
ーcha_in_japan2000ー
毎週月曜日の日経新聞朝刊2面には、人気コラム”風見鶏”が登場する。
5月27日の月曜日には、当ウェブサイト推奨の宮本明彦編集委員による「仮想外交に興じる人々」というタイトルの記事が掲載された。
宮本記者の当記事は、はっきり言ってたいへん難しい内容であると思う。
彼が次々と展開させていく幅広い色とりどりの事例の関連性を、なかなかすんなりとは消化できない。
にもかかわらず、宮本記者の言いたいことは明確である。
そして彼のその言いたいことが、私の抱き続けてきたあるテーマへの執筆意欲を掻き立てた。
『政治家と役人すなわち「政と官」が作ったバーチャル(仮想需要)とリアリティー(本当の民意)の乖離』
これが本文における宮本記者のテーマである。
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記事は、これまた当ウェブサイトで取り上げたことのある、「ホテル税」導入に際して石原慎太郎・東京都知事とバトルを繰り広げた鳥取県の片山善博知事の『なかなか斬新な県政改革』の話から始まる。
片山鳥取県知事は、以前、田原総一郎氏のサンデー・プロジェクトの特集を見て以来、私がたいへん注目している人物である。
宮本記者が、ここで好意的に取り上げてくれたことも嬉しいことだ。
ということで読者の皆さんにも片山知事の業績について知っておいていただきたく、少し長くなるが次に引用する。
片山知事の「県政改革」とは、どのようなものか。
『県議会の「質問取り」もやめた。』
業界用語「質問取り」の意味は、地方議会の質疑に先立ち、『役人が事前に議員を回って質問を聞き、想定問答を作る』ところからきている。
『「質問取り」の廃止は、自力で答弁できる人物を抜擢する人事改革にもつながる。』
片山知事の県政改革でさらに重要なのは、
『政治家と役人が作り出す「バーチャル(仮想)な民意や需要」を排すること』だという。
記者は、中央政界の例を引いて説明する。
『官庁が一部の地域や業界のための法律を作ろうとすれば、まず族議員や利害関係地域の出身議員に声を上げてくれと根回しするだろう。
場合によっては業界の陳情団まで組織して、騒いでみせるかもしれない。
「政と官」がグルになったデキレースである。
ところが、こうして出来上がる施策に「実需」があるのかというと、どうも怪しい。
人もまばらな豪華美術館とか、ほとんど車も通らない高速道路に批判が集まるのも、「政と官」が作った仮想需要と、本当の民意が乖離しているからにほかならない。』
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ここで話は最近起きた「瀋陽総領事館事件」へ飛ぶ。
『外交もまた役人による仮想の世界を思わせる。
その場を写したビデオが存在しなければ、中国によるウィーン条約違反の方が「仮想」で、外務省は別の「リアリティー(現実)」を記録にとどめたかもしれない。』
こう宮本記者は語り、『彼ら(外務省の役人)がいう日中友好関係も、本当に現実なのかどうか疑わしくなる』と話を進めていく。
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一本のビデオテープの存在が、外務省が作り出そうとした「仮想」の歴史を覆して、「リアリティー(現実)」に引き戻した。
宮本記者が言うように、「もしそのビデオが存在しなければ」を考えるとき、慄然たる思いがある。
韓国NGOが手配した一本のビデオテープが、歴史認識を覆した。
それは日本国民にとって、単に僥倖(偶然の幸運)だったのではなかろうか?
過去には、そのようなビデオが存在しないことにより、政治家と役人のデキレースによる「仮想」の事実認識が、あたかも歴史上の「現実」であったが如くに受け継がれてきたたくさんの「歴史認識」が山積みなのではなかろうか?
日本の国民は、サンフランシスコ講和条約から50年余を経て、なお未だに、国際社会の中で「仮想世界」に生きる国民なのではなかろうか?
小泉首相は昨年4月の首相就任の記者会見で、「かっての戦争の責任は誰にあると考えるか?」との記者の質問に、回答をはぐらかした。
日本では一国の首相ですら、子供の歴史教科書に載っているような自国の「戦争責任」について、公式の場で返答することができない。
隣国と教科書の「歴史認識」で摩擦が生じるのも、ムベナルカナと思わせる。
「東京裁判」はインチキだ、「サンフランシスコ講和条約」は不平等条約だと唱える声は、日本国内でかなりの勢力に上ると推察される。
1951年、世界の48カ国とのSF講和条約締結によって、日本は国際社会に復帰した。
のみならず、その後世界が驚愕する経済成長を成し遂げ、世界第二位の経済大国へと変貌した。
これらのすべての礎(いしずえ)であった「SF講和条約」を、日本がその後50年余にわたって不平等条約であり受け入れるべきではなかったと「仮想」していたとすれば、国際社会はどのような印象を持つであろうか?
しかし、50年余にわたってそのような「仮想世界」に生きてきた人々がかなりの数に上る、というのが日本の「現実」の姿である。
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日経新聞の宮本明彦編集委員は、当ウェブサイト推奨の記者である。
だからといって、同記者の意見すべてに賛同するわけではないことは、もちろんである。
当記事においても、小泉首相の「靖国春季例大祭電撃参拝」に対する江沢民中国国家主席の「絶対に許せない。政治家は言ったことは必ず信義で守らねばならない」との非難を、宮本記者が「不思議な話だ」としていることには、違和感を感じざるを得ない。
小泉首相は4月12日に中国海南島で開催された国際会議アジア・フォーラム第一回年次総会出席の際、中国の朱よう基首相と会談した。
しかし小泉首相は、そのわずか9日後の21日に決行された「靖国春季例大祭参拝」について、朱首相に一言も語らなかった。
昨年あれほど中国との間に摩擦を引き起こし、ロ溝橋まで出向いて頭を下げて収束せざるを得なかった「靖国参拝」に関して、小泉首相が会談した中国の首相に一言も言及せずしてその9日後に参拝を決行したという事実は、日本人の私が考えても、江首席の非難が宮本記者が言う「不思議な話」にあたろうとは思えない。
従って、このあとの文章で、ポーツマス条約をまとめた「誇り高き外交官」小村寿太郎と、続いて鈴木宗男衆院議員の側近の外交官の話を持ってきた同記者の文脈には、いまひとつ理解できないものがあるが、最後のまとめの文章は、共感できるものであった。
『今、国民のほとんどが外交官を信じない。にもかかわらず、自らの行動は正しいと言い、しかもその理由を語らない。
彼らの外交は「仮想」というより「妄想」に近い。』
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5月の最終日となった昨31日に、かねてのリリース通り、米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスが、日本政府が発行する円建て国債の格付けを二段階引き下げると発表した。
これに対し塩川正十郎財務相は同日記者会見し、
「政策の変更はしない。格付けが下がっても円の値打ちは上がっている。
市場はムーディーズの評価を参考にしていない」
と述べ、不快感を示したという。
福田官房長官も、民間の米格付け会社の評価を無視する姿勢をあからさまに表明した。
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政治家と役人による「仮想」の世界を想わせるものは、なにも外交だけに限ったことではない。
国及び地方を合わせた長期債務残高は、平成13年度末(H14年3月末)現在で693兆円に上ると見込まれている。
これに特殊法人の債務300兆円を加えて約1,000兆円の重圧、これがムーディーズの再格下げのベースにある最大要因である。
平成14年度予算は、税収等の歳入51.2兆円に対して、歳出81.2兆円である。
差額30兆円が新規国債発行でまかなわれる。
日本国民が日々生活を送っている約3日に一回、国債入札が実施され、新規発行分と金利を含めいまこの瞬間においても、とてつもない金額が日本の長期債務残高に積み上げられている。
経済シンクタンクHARVEYROAD JAPANの提供するホームページ「日本の借金時計」が刻々と刻む非情な数字を、ぜひご覧になっていただきたい。
http://www.takarabe-hrj.co.jp/takarabe/clock/index.htm
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ムーディーズによる国債格下げは、ある意味で、「瀋陽総領事館事件」におけるビデオテープのような気もする。
もしムーディーズという存在がなかったら、日本の国民にとって、日本国債はこれほど身近なものであったろうか?
日本国債を心配する国民は、どの程度存在したであろうか?
政治家と財務官僚のデキレースにより、加えて日銀や金融機関との談合により、すべては「仮想」のまま国民はそれを「現実」と思い込んでいたのではなかろうか?
田中前外相の存在も、ある意味で、外務省にとっては「瀋陽総領事館事件」のビデオテープのようにうっとうしいものではなかったろうか?
もし田中前外相という存在がなかったならば、機密費問題も、鈴木宗男衆院議員の外務省との「あってはならない異常な関係」も、NGOニ団体のアフガン支援国際会議への出席も、すべては政治家と外務官僚のデキレースによる「仮想」の認識が歴史上の「現実」となっていたのではなかろうか?
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にもかかわらず、日本国債にはまったく問題がないし、日本経済も底打ちして立ち直りつつあるという「仮想世界」に生きる数多くの日本人がいる。
日本は戦後の廃墟から高度成長を成し遂げ、世界第二位の経済大国に上りつめ、その実力はなんら衰えていないとする見方もある。
日本の抱える1,000兆円の重圧、これは言い換えれば、日本の国がこれまでこの1,000兆円を国民にばら撒いてきた結果である。
その1,000兆円で、日本人はどれだけの夢を見たのであろうか?
これまで、そして現在も、もうしばらくは、日本は国債を発行できればみな幸せである。
しかし日本は、無限に国債を発行し続けることはできない。
いま日本は、「1,000兆円の夢」から覚めかかっている。
「日本の借金時計」の目覚ましのベルが鳴る時刻が近づいている。
にもかかわらず、未だに「仮想世界」の中に生き続けようとする人々の数のなんと多いことか。
それはなにも「外交」と「経済」に限ったことではない。
日本が、ひと月もあれば核兵器を作り出す技術を持つことは、世界の常識である。
問題は、「材料」と「運搬手段(ミサイル)」である。
日本政府が、「プルサーマル計画」と「科学衛星打上げ」にご執心なのは、日本のエネルギー事情を心配したり、天気予報の制度を高めることにあるというのは、「仮想世界」の理屈である。
「現実」は、いつ何時でも遅滞なく「核兵器」が作り出せるようにするため、と考えては邪推に過ぎるか?
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日本には1,400兆円の個人資産があるから大丈夫、という意見もある。
それらの一部は、経緯はともかくとして、間違いなく国の借金が個人の資産に振り代わったものである。
その資産は、日本が危ないとなれば、いち早く日本を脱出するカネであるということも、間違いのないところである。
一方、国の債務は、最終的に国民全体によって負担させられる。
さらに現政権によって実行されている、あるいは検討されている政策は、資産を持つ者をさらに優遇しようとするものである。
どこかおかしいのではなかろうか?
資産を持つものは、海外に不動産を所有し、移住してしまうことも可能である。
日本の崩壊が現実のものとなってくれば、彼らは一斉に海外への逃避を始めるであろう。
日本の崩壊でもっとも打撃をこうむる人々は、資産家ではなく、資産を持たない大部分の一般国民なのだ。
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日本は民主主義、資本主義を標榜しているが、中国に比較しても、より共産主義的、より社会主義的であるとも言われる。
日本とは、日本人とは、リアリティー(現実)の土壌にしっかりと根をおろした国・国民というよりは、相変わらず「1,000兆円の夢」を見続けながら、バーチャルな「仮想世界」の国に生きる根無し草の国民なのであろうか?
(2002/06/01)
ご参考:
Taka remarks/[石原慎太郎氏] 「ホテル税」
VOICE/ 「戦争責任」
Japan Problem/日本の財政赤字/ 「十字路」
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