the NIKKEI-watcher



VOICE


雑 感:2002/01/01】 
 「誇らしきわが国の皇室」


新春恒例の天皇ご一家の集合写真の撮影場所が、変更になったという。
日経新聞2002年1月1日の朝刊46面の伝えるところによると、例年は天皇、皇后両陛下の住まいの皇居・御所で撮影されるが、先月20日に行なわれた撮影は、皇太子ご夫妻の住む東宮御所でなされたという。
両陛下が、雅子さま、愛子さまの体調を気遣われたということだ。
民間から皇室に嫁がれて、口には出せないご苦労をされたであろう美智子皇后が、おそらくご自分の初出産のときを思い返されて、同じく民間から皇室に入られた雅子さまの心身に、お気遣いされた結果であろうと推測される。
天皇・皇后両陛下と、皇太子・雅子さまとの間にかよう、目に見えない優しさと思いやりの絆が、言葉なくして国民にひたひたと伝わってくるようである。

宮内庁が新年にあたり、両陛下が2001年に詠まれた主な歌を発表した中に、美智子さまが11月に、出産の日を真近に控えた東宮妃雅子さまの心情を思われてお詠みになった次の歌があった。

いとしくも 母となる身の 篭(こも)れるを 初こがらしの ゆふべは思ふ

木枯らし1号が激しく吹いた11月の夕方、おそらくは自らの現皇太子を出産される前のご心情に思い至られて、その皇太子妃である雅子さまがお腹に子を身篭られて初出産を待つ揺れ動く心情を、薄暗くなって激しく吹く木枯らしの印象とダブらせてお詠みになったものであろう。

雅子さまは、出産から約2カ月間は大事をとって完全に休養され、公務復帰は2月中旬ごろになる予定という。2月初めのオランダ皇太子の結婚式にも皇太子さまが一人で出席される見通しとのこと。
心優しい天皇・皇后両陛下そして皇太子さまにかこまれ、内親王敬宮(としのみや)愛子さまをお抱きになりながら、雅子さまは心の底からお幸せを感じておられるに違いない。

2001年1月1日、平成14年の新年にあたり、天皇陛下は次のような年頭のご感想を公表された。
 昨年は、同時多発テロという悲惨な事件が起こり、日本人24人を含み、3千人を超える死者行方不明者が生じました。この事件により、米国、日本を含む各地の経済情勢は、今一層の厳しさを増しています。世界の安定と平和を維持するため、国々の間に更なる友好と協力が強く求められていることを感じます。

 現在、日本は、厳しい状況下にありますが、戦後の苦難を克服した国民の英知と努力を思い、国民がこの困難を必ず乗り越えていくものと信じています。

 本年が、日本と世界の人々にとって、明るい兆しの見える年となることを祈っています。

皆さんは、どうお感じであろうか?
天皇陛下は、「現在、日本は、厳しい状況下にありますが、・・」とご認識されている。青木建設の倒産にあたって、「構造改革が順調に進んでいる表れではないか」とか、確たる経済的将来見通しもないままに、「構造改革」をお題目のように唱え、国民にこれでもかこれでもかと「痛み」を繰り出す小泉首相の認識が、国民の実感とはかけ離れたところにあるような気がするのに対して、天皇陛下のご認識は、国民とともにあるような気がして心安まるのは、私だけであろうか?


天皇・皇后両陛下は、昨年7月、災害状況の視察に新島、神津島及び三宅島を訪問された。宮内庁が発表した両陛下が2001年に詠まれた主な歌の中に、このとき天皇陛下が詠まれた次の歌があった。

幾すじも 崩落のあと 白く見ゆ はげしき地震(なゐ)の 禍(まが)うけし島

地震の被害の悲惨さを、余すところなく語っている歌である。聞く者は、地震に遭われた方がたの深い傷跡に思いを馳せ、一刻も早い以前の生活の回復を祈らずにはいられない。

両陛下はともに、戦場となったアフガニスタンの出来事をお詠みになっており、関心の深さが窺える。

天皇陛下のお歌。
カブールの 戦(いくさ)終わりて 人々の 街ゆくすがた 喜びに満つ

皇后陛下のお歌。
知らずして われも撃ちしや 春たくる バーミヤンの野に み仏在(ま)さず

これは難しい歌である。宮内庁のホームページに、この歌の背景説明が書かれている。それによれば、
「春深いバーミアンの野に、今はもう石像のお姿がない。人間の中に潜む憎しみや不寛容の表れとして、仏像が破壊されたとすれば、しらずしらず自分もまた一つの弾(たま)を撃っていたのではないだろうか、という悲しみと怖れの気持ちをお詠みになった御歌」とのことである。
「知らずしてわれも撃ちしや」に込められた深い自戒のお言葉と、春爛漫のバーミアンの野に「み仏在(ま)さず」に表された破壊行為に対する深いお哀しみの気持ちが、たいへん印象に残る歌である。

皇后さまは昭和46年(1971年)アフガニスタン公式訪問中、陛下とバーミアンをお訪ねになり、次のような歌をお詠みになっている。なおこの時すでに、石像のお顔は削がれていた。

バーミアンの 月ほのあかく 石仏(せきぶつ)は 御貌削(みかおそ)がれて 立ち給ひけり


皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまは、1日で誕生からちょうど一カ月を迎えられた。
昨年の11月30日午後11時すぎ、住まいの東宮御所(元赤坂)から入院のため車で皇居内の宮内庁病院に向かわれた雅子さまが、窓から沿道の人びとに優雅に親近感に溢れてにこやかに手を振られているお姿は、国民の目から見て、皇太子妃としてまことに好もしいものに写ったであろう。
一方、雅子さまの横に同乗された皇太子さまのやや緊張されたお顔も、愛妻の初出産を控えた普通の夫となんら変わらぬ印象で、これまた国民にとって親近感溢れるお姿であった。
その後殿下が、出産に立ち会われたとか、雅子さまが定期的に検診を受けるときは、いつも傍らに付き添われたとかいう話を聞くにつけ、なんとお優しい夫振りかと、わが身の至らなさに思いがいってしまう男性も数多かったのではなかろうか。

皇太子妃雅子さまは12月1日、宮内庁病院で女の子を出産された。
皇太子さまは、「母子とも健康であることに安堵し、うれしく思っています。今後は2人で相談しながら子供の幸せを祈りつつ、成長を見守っていきたい」と、喜びの言葉を託された。
天皇陛下は、「無事に生まれてよかった。関係者の労をねぎらってほしい」と話された。皇后さまは少し涙ぐまれ「両殿下にお祝いをお伝えください。東宮妃(雅子さま)はお元気でしょうか」と気遣われていた。両陛下とも心から安堵され、うれしそうなご様子だったという。
東宮御所へ帰られるため宮内庁病院を出られたとき記者団の問いに、「安産で母子ともに健康でよかった。子どもを抱くのはなかなか難しいです」と答えられた皇太子殿下の、ややお疲れの中に満面に浮かぶ笑みが、そのお幸せをいかんなく物語っていた。


新春恒例の皇室ご一家の集合写真には、中央に愛子さまを見ながら微笑まれている天皇・皇后両陛下、右に皇太子さまがニコニコしながら坐られ、左方に雅子さまが愛子さまを抱きながら坐られている。
後列左方には、秋篠宮さまを挟んで両脇に眞子さま、佳子さま2人のお子さまが、隣に紀子さま、右端に紀宮さまが、みな微笑みながら愛子さまを見ている。
1000年を超える歴史を刻んできたわが日本の皇室は、いまこの瞬間、かって一度もなかったほど開かれて、愛と思いやりに包まれ、国民と同じ目線でものを見、ものを感じて生きておられると、私を含む多くの国民に感じさせる。

わが日本の「象徴」誇らしき皇室ご一家に、本年もご多幸あれ!
(2002/01/02)


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