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日本経済新聞社政治部 殿
VOICE
「戦争責任」
原則として私は、日経新聞しか読まない。それは一つに日経新聞の報道スタンスが大きくブレないからである。これは読む側にとってみると、大きな信頼となる。記者によってブレがでることは、致し方ないし、逆に望ましいことかもしれない。ひとつ言えることは、この新聞各紙のスタンスの違いは、読み手の側のスタンスが一定していないと、なかなか判断できない。さらに、ただスタンスだけ一定していればいいというものでもない。そのスタンスの位置そのものが、常識からかけ離れた位置にあっては、報道すべてが信頼のおけないものになってしまう。それが、私が原則として、日経新聞しか読まない最大の理由である。
しかし、ある事に関する記事を、長い間待ち望んでいるにもかかわらず、日経新聞に見当たらなければ、しかも、たまたま目にした他新聞の記事に、まさに常々私が考えていたことを裏づけする内容が掲載されていたとなれば、the NIKKEI-watcherとしては、忸怩たる思いは拭えないが、当ウェブサイトに引用させてもらうしかなかろう。
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8月12日付読売新聞朝刊4面の”靖国考<番外>”と題するコラムに、「藤波元官房長官に聞く」と題するインタビュー記事が掲載されていた。
藤波孝生衆院議員は、1985年に中曽根康弘首相(当時)が靖国神社を公式参拝した際の官房長官であり、昨年6月実施された衆議院総選挙では三重5区から無所属で出馬、リクルート事件で有罪が確定し現在執行猶予中の身ながら、離党した自民党から全面的なバックアップを受け、11回目の当選を果たしている。
記事の中で、インタビュアーは、次の点を質問した。
ーー靖国参拝について、中曽根内閣当時の官邸はどういう基本認識を持っていたのか。
ーー85年に公式参拝に踏み切ったのはなぜか。
ーー中国や韓国の反発は事前に予測していたか。
ーー翌86年は近隣諸国への配慮から参拝を見送った。
ーー中国などは靖国神社にA級戦犯が合祀されていることを問題視している。
ーー中曽根内閣当時には、A級戦犯の分祀を目指す動きもあったそうだが。
ーー参拝を私的、公的と区別する向きもある。
ーー小泉首相は、公私の別を明らかにせずに参拝する意向のようだが。
以上の中で、日経新聞紙上で取り上げられている部分については論評を割愛し、私が長い間疑念を持っていたことに対する答えが述べられている、下記ただ一点を取り上げたい。
<中国などは靖国神社にA級戦犯が合祀されていることを問題視している>
これに対し、藤波氏はこう答えている。
『日本は、日本の立場を認めてもらいたいとよく説明すればいい。中国がけしからんと言うのは仕方ないかも知れないが、(戦争)責任がA級戦犯にだけあるとは思えない。日本人全部が隣国に迷惑かけた。A級戦犯だけで責めを負うべきものではない。』
藤波孝生衆院議員のこの発言は、同氏の気持ちの率直な表現であると了解するが、内容は量りがたいほど重大な意味を持っていると言わざるを得ない。直接的には「歴史教科書問題」、「靖国参拝問題」に関わりがあることはもちろんであるが、実は、このようなものの考え方が、日本の社会構造、日本人の意識の上に広く影響を及ぼし、この我われが現在生きているこの日本の混迷の主要な要因の一つとなっているという点を強調したい。
上記藤波発言は、「第二次世界大戦における日本の戦争責任は、日本人全体で負うべきである」と語っているものである。
現地時間9月8日サンフランシスコ市内で、日米両国政府により、日米安全保障条約とサンフランシスコ講和条約署名の50周年記念式典が開催された。9月9日の日経新聞朝刊1面は、出席した田中真紀子外相が、『米国内で元米兵捕虜らが対日賠償請求運動を展開、こうした動きを支援する法案が下院に提出されるなど、対日批判が強まっている』ことを念頭に置き、『「講和条約で戦後処理にかかる全ての問題は解決された」と指摘、日本側に賠償責任はないとの立場を強調した』と報道した。米国など連合国側48カ国と日本が1951年9月8日に締結したサンフランシスコ講和条約により、連合国の占領は終わり、日本は主権国家としての地位を回復した。
このサンフランシスコ講和条約は、藤波氏の言うように、「第二次世界大戦における日本の戦争責任は、日本人全体で負うべきである」と認識しているのであろうか?もし、そのような認識がまったくないというのであれば、中曽根政権時の官房長官であり、現衆院議員である藤波孝生氏は、今年50周年を迎えようというサンフランシスコ講和条約そのものを、否定しようというのであろうか?
サンフランシスコ講和条約(正式名称:日本国との平和条約)
第四章 政治及び経済条項 第十一条[戦争犯罪] 日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。(省略)極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。
もし藤波氏の発言が、単に藤波氏個人の発言にとどまるのであれば、私がこの問題を提起する必要もない。日本の抱える問題は、藤波氏のこの発言内容が、現国会議員相当数と考えを一にするものであると、推測されるところにある。もし私の推測が事実と合致するならば、現日本の国会議員の相当数が、サンフランシスコ講和条約そのものを否定していることになってしまう。そんなバカな、と考える人が多数いるであろう。
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小泉純一郎首相(自民党総裁)は7月30日、参院選の勝利を受けて党本部で記者会見し、この中で、「かっての戦争の責任はだれにあると考えるか?」との質問に次のように答えた。
『戦争責任というか、日本国民、学者によっても、あるいは東京裁判によっても、色々判断を下す方がいる。戦争責任という観点から参拝するというよりも、二度と戦争を起こしてはいけない(という気持ちで参拝するのであり)、第二次世界大戦をはじめ、戦争を美化したり、正当化したりするものではない。首相として不戦の誓いと、戦没者の無念の気持ちを今後の平和と繁栄に生かすという気持ちを込めて参拝したい。参拝することが戦争賛美とか軍国主義の復活と受け取られることはたいへん心外だ。戦争責任がどうかという問題以上に、まず尊い戦没者の方々の犠牲のうえに今日があるんだということを、現在生きている我々も後に続く若い方々も忘れてはならない。』
「文芸春秋」8月号の特集”国民はいつ目を醒ますのか”の中で、作家の高村薫氏が、「宰相小泉の空虚なる語法」という名文をものにしている。その中で同氏はこう述べている。
『さて、「分かりやすい」といわれる小泉流語法の基本的な特徴はこのように「簡潔」「断定」「すり替え」「繰り返し」の四つであるが、元になるのはやはり言葉の「簡潔」だろうと思う。文節の短い、簡潔な言葉は論旨を単純化する。単純は「断定」を生みがちであり、簡潔にはいかない複雑で微妙な事柄については「繰り返し」や「すり替え」が起こり、最後はあいまいなままに置かれる。』
高村氏の観点から、上述の小泉首相の発言を読み直すと、如何にこの指摘が的を射ているかがよく分かる。質問者の「かっての戦争の責任はだれにあると考えるか?」という問いは、斜字の部分において、すべて「すり替え」られ、『最後はあいまいなままに置かれ』ている。質問者は単に、「かっての戦争の責任はだれにあると考えるか?」と問うているだけなのに、『参拝することが戦争賛美とか軍国主義の復活と受け取られることはたいへん心外だ』という答えの「すり替え」に終わる。
8月19日付日経新聞朝刊1面”春秋”でもまた、毎年恒例の追憶と追悼の夏が取り上げられている。
『8月6日の広島原爆忌から15日の終戦記念日までのごく短い間に集中して、まるで季節限定のように、戦争と平和が語られてきた。今年は少し様子が違う。小泉純一郎首相が13日に靖国神社に参拝したことで、先の大戦や歴史認識について、まだ議論が続いている。お隣の韓国、中国の反響も大きく伝えられている。酒場でもけっこうこのテーマで大激論が始まったりする。犠牲者、慰霊、戦争責任、賠償、謝罪、民族の誇り、歴史認識・・・・。
十人十色、話してみると従来の右とか左とかいう区分けでは説明できない意外な意見や見方にぶつかる。あまり議論されずに、まるで封印でもされているように内側でくすぶってきたせいか、酒場談義もどこか生煮えのままだ。それぞれの思いや感覚だけが積み重なって、整理をされないままさまよっているという図式かもしれない。
毎年繰り返される靖国参拝論争はうんざりだという声も聞こえる。今年は近隣諸国の厳しい反応によって、いや応なしに、秋にも論争が続く可能性もある。不毛の議論を繰り返さないためにも、夏に限らず通年、戦争と戦後をめぐる冷静な議論を積み上げていく必要があるのではないか。追憶と追悼の夏を乗りきらなければ、実り豊かな秋は訪れない。』
サンフランシスコ講和条約締結50周年を迎えた9月9日前後の日経新聞には、ちらほら「戦争責任」という言葉が紙面に見られた。しかしその内容はといえば、従軍慰安婦・元戦争捕虜に対する賠償責任の問題、犠牲となった日本人の慰霊の問題、1995年の村山談話に代表される謝罪の問題等々に限られてしまうようだ。
記者の一人が、小泉首相に問うた「かっての戦争の責任はだれにあると考えるか?」との質問は、高村氏言うところの小泉首相お得意の「簡潔」「断定」「すり替え」「繰り返し」の駆使により、適切な回答を得ることはできなかった。
”春秋”が語るように、なぜそれは、サンフランシスコ講和条約から50年が経とうというのに、『あまり議論されずに、まるで封印でもされているように内側でくすぶってきた』のか?なぜそれは、この長きにわたって、『それぞれの思いや感覚だけが積み重なって、整理をされないままさまよっている』のか?なぜそれは、いつも『不毛の議論を繰り返し』に終わるのか?
なぜその記者は、小泉首相からその答えを得ることができなかったのか?
我われ日本人は、”なぜそれがそうなるのか”、理由を知っているのであろうか?日本のMass Mediaは、その理由を知っているか?日本の政治家は、その理由を知っているのか?
再び、高村薫氏の文章を引用させていただく。本年4月5日号の「週刊文春」が、”緊急提言 超法規的日本再生計画第二弾 勇士7人腐った日本を叩き直せ!”と題する特集を組み、この中で高村氏は、”「ひどい」の次の一言がない私たち”と題する、これまた鋭い一文をものにしている。
『わたくしはこういう世紀に生きていて、あらためて思考の出発点としての歴史ということを考えます。無限の情報に囲まれ、日本語でさえひょっとしたら危うくなりかねない状況の中で、ともかく立ち返ることの出来る出発点をどこかに定めなければ、わたくしたちの失われた思考回路は少しも再開できないだろうからです。
その際、個人的にはまず満州事変以来の戦争の位置づけを確定することだと思っています。歴史の真実のようなものは、仮にあったとしても、それが偶然明らかになるのを一般の国民は当てもなく待つことはできません。歴史をこうだと位置づけるのは、どこまでも国家の仕事です。
終戦から55年、戦争に行った人も行かなかった人も、その後に生まれたわたくしたちも、誰もが心の整理をつけられない曖昧な沈黙の中に置かれて言葉を失い続けてきたというのが、昭和28年生まれのわたくしの実感です。今日の日本人の思考停止の系譜はどこから来たのだろうかと遡っていくとき、いつもそこに帰ってしまう最後の世代かもしれません。』
確かに多くの日本人が、心の整理をつけられずに戸惑っている姿が思い浮かぶ。
一方で、朝日新聞社のような考え方を採る向きもある。8月15日付朝日新聞朝刊2面の”社説”は、「終戦記念日2001年夏 歴史に対する責任とは”と題し、次のように述べていた。
『戦後の原点に立ち返るとき、どうしても避けて通れないのは、昭和天皇の戦争責任をめぐる問題である。(省略)戦後の東京裁判では、米国の占領政策の思惑もあって、天皇は免責された。国民の多くは、代わりに少数の戦犯が罪を負うことを「誰かが貧乏くじを引くのは仕方ない」と受容し、戦争責任や戦争協力を自らの痛切な問題として引き受けることを怠ってきたのではなかったか?』
サンフランシスコ講和条約第四章第十一条[戦争犯罪]の項は、極東国際軍事裁判所並びにそれに類する犯罪法廷で下された宣告が、戦争犯罪者への最終の裁きであることを明記している。日本はこの条約を受け入れることにより国際社会に復帰し、現地時間9月8日サンフランシスコで開かれた条約締結50周年の記念式典には、田中外相が出席し演説した。相手国のみならず自国の多数の人命を犠牲にし、日本を敗戦に追いやったその戦争の責任は”誰に”あるのか?
十人十色、人それぞれ考えはあろうが、日本国としてサンフランシスコ講和条約を受け入れ、これを足がかりに一時的にせよ世界第一の経済大国にまで登りつめ、小泉首相指示の下につい先日、田中外相が条約締結50周年の式典に参加したわけであるから、少なくとも公式見解としては小泉首相は、”「かっての戦争の責任は」、極東国際軍事裁判(東京裁判)及びそれに類する裁判で刑の宣告を下された者にある”というべきではなかろうか?
しかし小泉首相は、回答を回避した。日本の首相が答えられないものを、日本の一般国民が答えられようか?
だから、『まるで封印でもされているように内側でくすぶり、それぞれの思いや感覚だけが積み重なって、整理をされないままさまよい』、いつも『不毛の議論の繰り返し』に終わる。それでいいのだろうか?”春秋”は、『追憶と追悼の夏を乗りきらなければ、実り豊かな秋は訪れない』と結論づけている。
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ここへ8月12日付読売新聞の「藤波発言」が登場した。この中曽根康弘内閣の元官房長官は、はっきりこう言っている。
『(戦争)責任がA級戦犯にだけあるとは思えない。日本人全部が隣国に迷惑かけた。A級戦犯だけで責めを負うべきものではない』と。
第二次世界大戦における日本の「戦争責任」が、日本人全部にあるという彼の発言を、我われ日本人は受け入れることができるであろうか?小泉首相を含め大半の政治家は、藤波氏と同じような考えを持っているのではなかろうか?日本のMass Mediaも、大半の政治家がそのように考えていることを知っており、あるいは大半のMass Mediaが、考えそのもを同じくしているのかもしれない。ただ誰も藤波氏のように、それを公言しようとはせず、『まるで封印でもされているように内側でくすぶらせて』いるのではなかろうか?
このこと、すなわちこのようなものの考え方が、日本の社会構造、日本人の意識の上に広く影響を及ぼし、玉虫色の解決をもって是とし、物事に二重、三重の基準を持ち込み、待ち時間を長くする先送りを常態化させ、公務員の公私混同に寛容な態度をとることで社会に無責任体質を蔓延させるなどの社会風潮を生み出し、現在我われが生きているこの日本の混迷の主要な要因の一つとなっているのではなかろうか?
”春秋”は言う。『不毛の議論を繰り返さないためにも、夏に限らず通年、戦争と戦後をめぐる冷静な議論を積み上げていく必要があるのではないか』と。
御社(日経新聞社)が、過日の日本の「戦争責任」についてどのように議論を積み上げて来られたかは存じ上げないが、このどん底に落ちようとしつつある日本を立て直す社会構造改革の一環として、「戦争責任は、日本人全部が負うべきか?」という一点に絞り込んだ論議を突破口に、この50年間不毛の議論を重ねてきた「戦争責任」問題の封印を解くべく、日本のMass Mediaの雄たる御社が、いまこそ立ち上がるべき時ではなかろうか?
(2001/09/19)
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