コレダケハイワセテ!
Today's 目覚まし Shot
【2004/08/18】
「小泉いろいろ発言」
日経新聞夕刊1面には、「あすへの話題」と題する人気コラムがある。
7月からの毎週木曜日は、ピアニストの中村紘子さんが担当することとなった。
本日までに掲載された中村さんのメッセージのタイトルは、次のとおり。
7月1日 アテネのノラ犬の運命
8日 ノラ猫よりも美女
15日 音楽もいろいろ
22日 弘法大師もかなわない
29日 「冬ソナ」もガイアツ?
8月5日 始皇帝が生きていたら
12日 フランチャイズ
そして本日の目覚ましSHOTは、7月15日のメッセージ「音楽もいろいろ」を取り上げる。
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中村紘子さんは、参院選が始まったばかりの頃に、ベルリンでレコーディングするため10日間ほど日本を留守にした。出かけたときは自民党が勝つと思っていたのが、帰国すると雰囲気がかなり変わっていて驚いたそうである。
『どうやら原因の一つに、年金問題を巡る「人生いろいろ」「会社もいろいろ」といった小泉発言があったらしいが、なんだか思い当たるフシがあって笑ってしまった。』
中村紘子さんと言えば、第7回ショパン・コンクールで日本人初の入賞と併せ最年少者賞を受賞して以来、国内外の演奏活動、レコーディング、国際コンクールの審査員など本業のピアニストとして輝かしい実績を誇るのみならず、「チャイコフスキー・コンクール」で第20回大宅壮一ノンフィクション賞、「ピアニストという蛮族がいる」で文芸春秋読者賞を受賞するなど、文筆活動においても高い評価を得ている我が国のスーパーウーマンのお一人である。
その中村さんが「思い当たるフシがあって笑ってしまった」理由は、クラシック音楽の世界でも、ベートーヴェンの同じソナタを多くの演奏家がそれぞれの演奏会で様々なスタイルで演奏するなど、『まさに「音楽いろいろ」「ベートーヴェンもいろいろ」だ』と感じていたからであろう。
ここで思考が停止しないところに、中村紘子さんが「スーパーウーマン」たる由縁があろうかと思う。
中村さんは、こう鋭く指摘する。
『でも問題は、こういった言葉は聴く側の感想としてならいいけれど、演奏する側が使いだしたら収拾がつかないという点にある。』
ピアニストとしての中村さんはもちろん、演奏する側である。一方、コンクールの審査員としての中村さんは、聴く側
である。両サイドの頂点を極めた人だからこそ浮かぶ、鋭い視点と言えようか。
『演奏家の原点は、例えばベートーヴェンの音楽への自らのかけがえのない感動を聴衆に伝えようとするところにある。』
『どんな演奏をしても「音楽いろいろ」「演奏もいろいろ」、そして「なにがわるい」と演奏家が居直ったら(気持ちはよく分かるけれど)どうなるか。「音楽いろいろ」「ベートーヴェンもいろいろ」と言ってしまったら、それは「かけがえのない」はずの自らの演奏自体を、最初から「いろいろの一つ」として相対化し卑小化してしまうことにもなるだろう。』
上述の『「なにがわるい」と演奏家が居直ったらどうなるか』という表現も、脇差しをチラッと抜いてみせる心意気が感じられるが、文末がまた素晴らしい。中村紘子さんが「侍の心を持つ女性」のお一人であることを、私に確信させる文章であった。
『そこで大昔から私たち演奏家は、演奏をどんなにケナされても「音楽いろいろ」とは意地でも言わず、今日も他ならぬ自らの感動を伝えようと頑張っているのです。』
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日経新聞夕刊の「あすへの話題」に、中村紘子さんの上記メッセージが掲載されたのが7月15日。
そしてなんと、7月17日の日経朝刊2面に、次の記事が掲載されていた。
『■反省もいろいろ?
「(国会では)質問いろいろ、答弁もいろいろ。私が比較的失言が少なく答弁できるのは皆さんのおかげだ。」
ーー小泉純一郎首相が16日の各省庁国会担当者との会合で、またもや「いろいろ発言」ーー』
すでに読者の皆さんは、私が中村紘子さんのメッセージを引用し、続いて小泉首相の発言を持ち出した意図をご推察されていることと思う。
私はまず「あすへの話題」で中村さんのメッセージを読み、心を打たれた。彼女のメッセージにも書かれているように、小泉首相の「いろいろ発言」が、過日の参院選の結果にも大きな影響を及ぼしたことは明白である。映像や印刷物を介して、小泉首相の「いろいろ発言」は、我慢強い日本国民の心の敏感な部分にグサリと突き刺さっていたのである。
にもかかわらず、私はこれまでテレビ、新聞等マスメディアの報道の中で、小泉首相のこの「いろいろ発言」に関する適切な分析・解説の類ににお目にかかったことがなかった。
日本のマスメディアが、小泉政権ーー特に小泉首相の「懐(ふところ)刀」飯島勲首相政務補佐官の強いコントロール下にあることは、常識である。だからマスメディアが、小泉首相の「いろいろ発言」の深い分析をしてみせないのも、当然と言えば当然の話ではあるのだが・・・。
中村紘子さんが、一流アーティストとして自らの「かけがえのない」演奏にかける心意気を伝えたメッセージをお読みになった直後に、またもや小泉首相の薄っぺらな「いろいろ発言」をご覧になって、読者の皆さんは如何お感じになったであろうか?
中村さんは、「こういった言葉は聴く側の感想としてならいいけれど」と言っておられるが、国会の場で野党議員の真面目な質問に答弁に立つ小泉首相が、「質問いろいろ、答弁もいろいろ」だと?小泉首相は、聴く側なのか?演奏する側なのか?
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7月30日、わずか8日間の会期で第160臨時国会が召集された。
8月2日、衆院本会議に出席した小泉首相は、まず身内の自民党・中山成彬副幹事長からも、首相を戒める異例の質問を受けた。
『「人生いろいろ、会社もいろいろ」などの緊張感を欠いた発言におごりを感じた有権者も多かった。自民党は勝てるはずの選挙を勝たせてもらえなかったと認識すべきだ。』
これに対して小泉首相は、『結果的には、与党で安定多数の議席を確保できた。政府・与党に対する国民の信任は、衆院選で明らかにされるべきものだ』と答弁した。
自民党が参院選期間中に出した民主党批判の新聞広告に対して、「事実を歪曲した」と指摘した民主党・前原誠司議員の質問に対しても、小泉首相は次のように反論した。
『民主党はあまり批判に慣れていないから、お怒りのようだ。政党間の批判もいろいろだ。』
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続いて3日の参院本会議で小泉首相は、「”話せば分かる”という犬養さんの教えに思うところはないか」と首相の説明不足を批判した民主党・江田五月議員の質問に、次のように反論した。
『犬養毅首相も「話せば分かる」と言いながら、暴漢に撃たれて命を落とした。「話せば分かる」と言っても分からない人、分かろうとしない方もいる。』
要するに小泉首相は、「いろいろな人がいる」ということが言いたいのであろう。端的に言えば、「人もいろいろ」と言いたかったのだ。
小泉首相の「いろいろ発言」は、確かに中村紘子さんが鋭く分析したように、「演奏する側」の発言ではなく、「聴く側」に立った発言であることは疑いない。問題は、だからといって「小泉いろいろ発言」が、単なる「聴く側の感想」として軽く受け流せるような根の浅いシロモノかどうかという点である。
中村紘子さんはそのメッセージの中で、『そして「なにがわるい」と演奏家が居直ったらどうなるか』という問題提起をしている。ここが最も重要なポイントである。
中村さんが意識的に、「なにがわるいと小泉首相が居直ったらどうなるか」という意味で書かれたわけではないと思うが、彼女のメッセージは無意識的に読む者にその重要なポイントを提起している。
11日の日経新聞朝刊2面に、次の記事が掲載された。
『政府は10日の閣議で、小泉首相が会社員時代に勤務実態がないのに厚生年金に加入していた問題を国会で追及され、「人生いろいろ、会社もいろいろ」と答弁したことについて、「撤回すべきであるとは考えていない」とする答弁書を決定した。
答弁書は、「厚生年金の被保険者となるか否かは、個別具体的な事例に即して判断することとなり、外見的には仕事を行っていると思われなくても、事業所から指揮・命令され、報酬を受けている場合は、被保険者となることもあり得ることを踏まえて行ったもの」と擁護している。民主党の小川敏夫参院議員の質問主意書に答えた。』
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小泉首相の「人生いろいろ、会社もいろいろ」発言に有権者が小泉首相の緊張感を欠いたおごりを感じたことで、自民党は勝てるはずの選挙を勝たせてもらえなかったと認識すべきだ・・・自民党の議員ですら国会で小泉首相にこう戒めの質問をしている。
にもかかわらず、小泉首相はその発言を「撤回すべきであるとは考えていない」ようである。
これって、中村紘子さんの『そして「なにがわるい」と演奏家が居直ったらどうなるか』という問題提起そのものではなかろうか?
世の中は、「人生いろいろ、会社もいろいろ」で、「音楽いろいろ、ベートーヴェンもいろいろ、演奏もいろいろ」で、「質問いろいろ、答弁もいろいろ、政党間の批判もいろいろ」で、「話せば分かる」と言っても分からない人、分かろうとしない方もいて「人もいろいろ」で・・・こう小泉首相は言いたいのであろう。
果たして小泉首相の本心は、そのような単なる「聴く側の感想」だけなのであろうか?
小泉政権が強行採決した「年金改革法」は、単に「保険料徴収を増やして、年金給付を削減する」だけの7割の国民が不満を持つという悪法であるが、小泉首相に言わせれば、「話せば分かる」と言っても分からない人、分かろうとしない人など「国民もいろいろ」の一言で切り捨てられてしまうのかもしれない。
日本国民の約半数が望ましいこととは思っていない首相の「靖国公式参拝」を、小泉首相は既に来年も続けると公言している。イラクへの自衛隊派遣、つい先日決定された北朝鮮への52億円の人道支援など、国民の多数が反対している事案に関しても、「国民もいろいろ」の一言で独善的に決定してきたのが、小泉政権のこれまでの真実の姿であった。
そして、「なにがわるい」と居直っているのが、現在の小泉純一郎ではないであろうか。それが、小泉首相の「本性」ではないのか。
そんな男が、わが祖国日本の総理大臣を名乗って国民の「生命と財産」を左右している現状に、私は憂慮に耐えない思いでいる。
中村紘子さんが言っているように、演奏者が『「音楽いろいろ」「ベートーヴェンもいろいろ」と言ってしまったら、それは「かけがえのない」はずの自らの演奏自体を、相対化し卑小化してしまうことになる。』
自らの感動を伝えるために、『演奏をどんなにケナされても「音楽いろいろ」とは意地でも言わず』に頑張る演奏家、日本の政治が、そのような指導者をノドから手が出るほど待ち望んでいることに疑いはない。
(2004/08/18)
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