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【2002/09/25】
コレダケハイワセテ!
Today's Shot
<責任(レスポンシビリティ)>
9月22日午後9時50分ごろ、都内西部新宿線高田馬場駅ホームで、ささいな事件が起った。
よくあるホームで発生する事件の一つであったが、ちょっと違っていたのは、容疑者が下谷署地域課巡査長というレッキとした現役警察官であったことである。
しかしこれとて、新聞の社会面をつぶさに読んでいる読者にとってみたら、よくあるニュースと言えるかもしれない。
同容疑者・関口英樹(27)は23日、警視庁戸塚署により暴行の現行犯で逮捕された。
24日の日経新聞朝刊社会面によれば、関口容疑者はこの日宿直明けで、友人と夕方から新宿区内でビール中ジョッキ一杯、サワー三杯を飲んで(私のリミットは、ビール中ジョッキ一杯とサワー一杯までだ)帰宅する途中、西武新宿線高田馬場駅ホームで電車を降りようとした際、乗車しようとした西東京市のアルバイト女性(25)と肩が触れたため憤慨し、後ろから女性の腰を蹴って転倒させ、ひじとひざに擦り傷を負わせた、ということだそうだ。
男の風上にも置けない、ヒドイ野郎である。
調べに対しては、「相手が謝らず頭にきた。申し訳ないことをした」と話しているという。
よほどモテナイ男なのであろう。戸塚署は、容疑を傷害に切り替えて送検する方針であるという。
よくあるモテナイ男のプッツン暴行事件である。たとえ容疑者が警察官であったとしても、世間によくある話かもしれない。
そして、事件を起こした関口容疑者の所属する下谷署の古川馨署長の次のおわびの言葉も、このようなケースにおける定例的なコメントであるに違いない。署長はこう語った。
「被害者に深くおわびする。署員に対する指導をさらに徹底し、再発防止に努める。」
ところが、テレビニュースでこの報道を聞いた私の耳に、この日に限っては、その古川署長のおわびのコメントがヤケに目新しく聞こえた。
「・・・指導をさらに徹底し、再発防止に努める。」・・・??・・・何やらどこかで聞いたことがあるような文章だ。
そうだ!・・・・・
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「日朝平壌宣言」第3項に、「拉致・不審船問題」を示唆して採択されたという、次の文章が記述されている。
『日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、北朝鮮側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないように、適切な措置をとることを確認した。』
上記文言は、小泉訪朝・首脳会談にあたって小泉首相自らが、「拉致問題の進展なくして、国交正常化交渉再開なし」と断言した「拉致問題」と「不審船問題」に関して、外務省が事前のドラフトとして北朝鮮側とすり合わせて準備してあった内容で、田中均・アジア大洋州局長は、首脳会談後に文言が修正変更されたことはなかったと明言した。
その文言を、わずかに下記の点だけ置き換えて、
日本国民ーーー→電車を利用する人々
懸案 ーーーーー→かかる
北朝鮮側はーー→当下谷署は
不要な「日朝が不正常な関係にある中で生じた」という文言を削除すると、次のような文章ができあがる。
『電車を利用する人々の生命と安全にかかわるかかる問題については、当下谷署は、このような遺憾な問題が再び生じることがないように、適切な措置をとることを確認した。』
下谷署の所長は、宣言にある「今後再び生じることがないように」の代わりに、「再発防止に努め」と言い、「適切な措置をとる」の代わりに、「指導をさらに徹底し」と語った。
このまったく関わりがない「警官による暴行傷害事件」と「拉致・不審船問題にかかわる日朝平壌宣言」という両者の間に、これほどまでに類似性があったということに、正直、私は驚きを禁じ得ない。
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読者の皆さんは、下谷署の古川署長のおわびのコメントを、どう受け取られたであろうか?
容疑者の関口という男は、とんでもない男である。傷害罪で送検されるという。そんな男が警察官をしている。
それに対して、監督責任のある古川署長は、「署員に対する指導をさらに徹底し、再発防止に努める」と語った。
私はどうしても、この古川署長のコメントから誠意を感じることができない。と同時に、二度とかかる不祥事が起きないと信ずることもできない。
なぜ「関口容疑者」ではなくて、「署員」なんだろう?古川署長は、この下谷署の「署員」は誰もかも関口容疑者のような素地があるから、「署員に対する指導をさらに徹底し」と言ったのであろうか?私ならこう言う。
「関口容疑者は、事件当時酒を飲んでいたため一時的に感情の制御を失い、かかる行動に走ってしまったと思われる。同容疑者は、今は自分の行動を深く反省し、被害者の方にお詫びをするとともに、今後二度とこのようなことを起こさないと誓っている。当下谷署としても、同署員に対する指導を一層徹底し、二度と事件を起こすことのないよう務める所存であります。」
下谷署の古川署長が表明したコメントは、一般論で語っているため、聞くものに誠意が感じとれないのである。まるで、マニュアルに準備された文章を、ただ読んでいるだけのように。
両者の共通点は、そこにあるのではないだろうか?
片や警察庁、片や外務省の違いはあるが、両者ともに行政機関である。彼らは、何か失態が起こったときの国民、マスコミへの発表文のマニュアルを用意してあるのではなかろうか?
外務省は、国交正常化交渉再開に向けて進展させねばならない最重要懸案である「拉致・不審船問題」に関し、水面下での北朝鮮事務当局との難航する事前折衝で、日本の行政機関で一般に通用している不祥事発生時の弁明の決まり文句である「再発防止」と「適切な措置」の二点を、北朝鮮側に「オトシドコロ」として提示したのではなかろうか?
だからこそ、「警官による傷害事件」と「拉致・不審船問題にかかわる日朝平壌宣言」という、まったく関係のない両者のコメントの中に、これほどまでの類似性が生じたのではなかろうか?
「拉致・不審船問題」を取り扱ったという「日朝平壌宣言」第3項は、日本にとって国辱ものの文言となっている。
だいたい「拉致・不審船問題」などという言葉は出てこないし、「日朝が不正常な関係にある中で生じた」などという犯罪者(あるいは犯罪国家)を庇うような文言が飛び出すのもおかしい。
なによりも、日本の領土内で、日本の国民が北朝鮮の工作員によって「拉致」されたという「国家」としての憤りがいささかも文面から感じ取れないところが、国辱的大問題である。
日本国民がその文面から受ける印象は、私が下谷署署長のコメントから受けた印象と同種のものであると思う。すなわち、「当事者意識」に欠けた、誠意の感じられない「一般論」である。
私は今回、テレビニュースで下谷署の署長のおわびのコメントの内容を聞いて、「日朝平壌宣言」のその文言は、かなりの確度で外務省から北朝鮮側へ「オトシドコロ」として提案されたものと推測する。
外務省というところは、とんでもないところだ。私は常々、日本の「行政」について、こう言っている。
”日本の行政は、「うそ」と「怠慢」と「傲慢」と「無責任」で塗り固められている”と。
外務省は、死亡年月日リストで「うそ」をついた。
外務省には、これまで「拉致問題」調査に真剣に取り組まなかった「怠慢」があった。
外務省は、「無責任」な内容の「日朝平壌宣言」のドラフトを作成し、首脳会談後に修正変更することもなく調印に至らしめた。
外務省は、無責任な内容の「日朝平壌宣言」を国民や国会に開示することなく、「傲慢」に押し進めた。
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「責任」は、英語で「レスポンシビリティ」という。
米国では特にこの「レスポンシビリティ」が、社会の中で重要な意味を持つ言葉として多用されている。
小さい子供のうちから、日常生活において、この「レスポンシビリティ」の概念を叩き込まれる。
人の心の中から社会組織に至るまで、米国社会において、「レスポンシビリティ」の概念は重要な位置を占めている。
日本人は、ほとんどそのことに気づいていない。
日本では、「責任」という概念は、社会の中においてそれほど重要な位置を占めているようには見えない。
だから、「再発を防止」し「適切な処置をとれば」、「責任」はとる必要がないと考えられているのかもしれない。
だから、日本の行政は「無責任」なのかもしれない。
米国発の「グローバル・スタンダード」が世界で喜ばれているわけではないことはもちろんだが、「無責任」であることが大して問題視されない日本の常識は、世界の非常識の一つではなかろうかと思っている。
「責任」をとらない農水大臣が、民間企業の経営者の「責任」を問いかける日本社会の風景は、非常に歪んだものを感じさせる。
それでも下谷署の署長はマシな方かもしれない。彼は、正確にはこう発言している。
「被害者に深くおわびする。署員に対する指導をさらに徹底し、再発防止に努める。」
それに比較して、「日朝平壌宣言」第3項は、どうだ?
日本の領土内から日本の国民を「拉致」したことに対する北朝鮮の金正日総書記の謝罪の言葉は、どこにも見あたらない。
そのようなヘタレ宣言を作成した外務省と調印した小泉首相の「無責任」を、私は日本の一国民として到底許すことはできない。
(2002/09/25)
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