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【2002/05/17】
コレダケハイワセテ!
Today's Shot
日本国憲法第21条 【集会・結社・表現の自由、検閲の禁止、通信の秘密】
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
以下は、読売新聞の報道記事である。
2002年5月13日夕刊2面。
福田官房長官は13日午前の記者会見で、読売新聞社が12日付朝刊で提言した個人情報保護法案と人権擁護法案の修正試案について、「大変この問題を熱心に考えており、評価したい」と述べた。
その上で、「我われは(政府が国会に提出している)原案を通したいと考えているが、これから審議する国会の議論、諸般の状況を踏まえて考えたい」として、今後の国会審議を踏まえて両法案の修正も検討したいとの考えを示した。
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14日朝刊1面。
小泉首相は13日夕の自民党役員会で、読売新聞社が12日に提言した個人情報保護法案と人権擁護法案の修正試案に関連し、「この試案を参考にし、今国会で(両法案の)修正を検討して欲しい」と山崎幹事長らに指示した。
また、公明党の冬柴幹事長も13日昼の政府・与党連絡会議で、「大変まじめな、我われがマスメディアに期待するような提言だ」と述べ、試案に沿った修正に前向きに取り組むべきだとの考えを示した。
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同日夕刊2面。
竹中経済財政相は14日午前、閣議後の記者会見で、読売新聞社が提言した個人情報保護法案などの修正試案を検討するよう13日に首相から指示を受けたことを明らかにした。
経済相は、「政府案がベストだと思っているが、首相の指摘もあるので、(読売試案を)しっかり検討したい」と述べた。
森山法相は14日の閣議後の記者会見で、読売新聞社が12日付朝刊で提言した人権擁護法案の修正試案について、「いろんな意見があるのは当然のことで、建設的な意見については耳を傾け、考えていくべき材料になると思う」と述べ、今後の国会審議での法案修正に前向きの姿勢を示した。
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15日朝刊4面。
自民党の山崎幹事長は14日の記者会見で、小泉首相が個人情報保護法案と人権擁護法案に関する読売新聞社の提言の検討を指示したことについて、「首相の発言は”読売新聞の修正要求は検討に値するので検討したらどうか”ということだ。検討する」と述べ、党としても提言に沿って検討していく考えを示した。
堀内総務会長も同日の会見で、「首相が評価したことはなかなか重大な発言だと理解している」と語った。
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「読売の挑戦」
読売新聞社は、5月12日の日曜日の朝刊第1面に、「個人情報保護法案」と「人権擁護法案」の所謂「メディア規制二法」の修正試案なるものを、本社提言として発表した。
他紙はビックリしたであろう。
日本国憲法に保障された「表現の自由」に挑戦してきた小泉首相と政府・与党に対し、足並みを揃えて反対の狼煙(のろし)を上げ廃案に持って行こうとしていた矢先、マスメディアの中でも主導的立場にある読売新聞が、自ら修正試案を作成して法案の提出者である政府・与党に擦り寄るような行為をしたのであるから。
この読売の記事をご覧になった読者の皆さんは、その時どのような印象を抱かれたであろうか?
私の心にフト浮かんだものは、「談合」という言葉であった。
メディア業界における「マスメディア」と「政治家」の「談合」、あるいは「癒着」「落としどころ」とも言い換えることができようか。
上記に見られるように、悪法の原提案者である政府・与党の連中には、良すぎるくらいに受けが良いようである。
この読売新聞社の破天荒な「挑戦」は、同社にとって「吉」と出るか、「凶」と出るか?
同社の「修正試案」なるものの内容および背景を探ってみよう。
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読売の修正試案の内容は、次のようなものである。
人権・プライバシーと報道を両立させるための修正点 個人情報保護法案
@「透明性の確保」の原則は、報道分野への適用を除外する。
A表現の自由に対する配慮義務を明確化する。
人権擁護法案
@救済対象は「取材逸脱行為による人権侵害」に限る。
A表現の自由に対する配慮義務を明確化する。
B不服申立制度を設ける。
C人権委員会は内閣府の内部機関とする。
「個人情報の保護に関する法律」
「人権擁護法案」
政府・与党が提出した個人情報保護法案の第一章第一条には、法案の目的が次のように記されている。
『この法律は、高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ、個人情報の適正な取扱いに関し、基本原則及び政府による基本方針の作成その他の個人情報の保護に関する施策の基本となる事項を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。』
また人権擁護法案の目的は、次のように記されている。
『人権救済及び人権啓発の措置を講ずることにより、人権擁護の施策を総合的に推進し、もって、人権尊重社会の実現に寄与することを目的とする。』
読売新聞社は、同社が個人情報保護法案と人権擁護法案に対する修正試案を提言した目的である、「人権・プライバシーの保護」と「報道の自由」の両立の観点から両法案を見ると、現状の政府案には「欠陥」があるという。
上記の読売修正試案を、項目別に検討してみる。
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個人情報保護法案
@「透明性の確保」の原則は、報道分野への適用を除外する。
政府案は、個人情報の取り扱いに関し、刑事罰を伴う各種の義務規定と罰則のない五つの基本原則を設け、義務規定については、報道、学術研究、宗教、政治の四つの分野への適用を除外したが、基本原則は報道を含むすべての分野の団体、個人に例外なく適用するとした。
第二章 基本原則
第三条 個人情報が個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、個人情報を取り扱う者は、次条から第八条までに規定する基本原則にのっとり、個人情報の適正な取扱いに努めなければならない。
第四条(利用目的による制限)
個人情報は、その利用の目的が明確にされるとともに、当該目的の達成に必要な範囲内で取り扱われなければならない。
第五条(適正な取得)
個人情報は、適法かつ適正な方法で取得されなければならない。
第六条(正確性の確保)
個人情報は、その利用の目的の達成に必要な範囲内で正確かつ最新の内容に保たれなければならない。
第七条(安全性の確保)
個人情報の取扱いに当たっては、漏えい、滅失又はき損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置が講じられるよう配慮されなければならない。
第八条(透明性の確保)
個人情報の取扱いに当たっては、本人が適切に関与し得るよう配慮されなければならない。
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政府案が規定する「透明性の確保」の基本原則が報道分野に適用されると、疑惑を追及されている人物が報道機関に対し、取材内容を教えるよう求めるといった不当な要求に根拠を与えることにもなる。
報道の根幹である「取材源の秘匿」が脅かされることになれば、情報提供者が萎縮する状況も想定される。
政府は「基本原則は罰則もなく、社会のマナーに過ぎない」と説明してきた。
しかし、基本原則の法的効力は条文上、明確にされていない。
この欠陥を除くため、読売の修正試案は、『「透明性の確保」の原則は、報道分野への適用を除外する』よう提言している。
果たしてそれだけでいいのか?
第六章 雑則
第五十五条(適用除外)
個人情報取扱事業者のうち次の各号に掲げる者については、前章(個人情報取扱事業者の義務等)の規定は適用しない。ただし、次の各号に掲げる者が、専ら当該各号に掲げる目的以外の目的で個人情報を取り扱う場合は、この限りでない。
一 放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関報道の用に供する目的
二 大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者学術研究の用に供する目的
三 宗教団体宗教活動(これに付随する活動を含む。)の用に供する目的
四 政治団体政治活動(これに付随する活動を含む。)の用に供する目的
読売は、「適用の除外」で満足しているようであるが、「適用の除外」は、「後で」いつでも原則への復帰という名目で簡単に変更され得るリスクを残すものである。
後述する「立法の精神」の観点に立つとき、「適用除外」は例外規定であり、将来、原則への復帰という主張が出てきたとき、「報道分野への適用を除外する」という条文が優位を保ち続けられるとは到底思えない。
そのような点にも、政府筋が読売の修正試案に喜んで食いついてきた、裏の理由があるかもしれない。
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個人情報保護法案および人権擁護法案
A表現の自由に対する配慮義務を明確化する。
第五章 個人情報取扱事業者の義務等
第四十条(配慮義務)
主務大臣は、前三条の規定により個人情報取扱事業者に対し報告の徴収、助言、勧告又は命令を行う場合においては、表現の自由、学問の自由、信教の自由及び政治活動の自由を妨げることがないよう配慮しなければならない。
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大臣や官庁に対するいわば努力義務の規定で、しかも求めているのは「配慮」である。
表現の自由を妨げないよう配慮した末に、たとえば取材協力者側に対し勧告や命令を出す恣意的裁量の余地があるといえる。
さらに問題となるのは、報道側は基本原則を適用されても義務規定までは適用されないが、取材協力者の側には罰則を伴う義務規定が適用され、主務大臣の監督も及ぶ点だ。
取材協力者に対する大臣や官庁の調査を通じ、取材源の秘匿が脅かされることにもなりかねない。
この欠陥を除くため、読売の修正試案は、この条文について、表現の自由などを「妨げてはならない」と改め、『表現の自由に対する配慮義務を明確化する』よう提言している。
この修正により、報道側だけでなく取材協力者に対する行政の介入も、政府案以上に排除できると、読売は考えている。
果たしてそうだろうか?
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私は、この政府案の第四十条の条文に最大の疑問を感ずる。
読売は、表現の自由などを「妨げることがないよう配慮しなければならない」という文章を、「妨げてはならない」との表現へ修正するだけで満足しているようだが、そもそも「表現の自由」は、日本国憲法第21条によって国民に保障された基本的人権の一つではなかったか?
なぜその憲法で保障された「表現の自由」が、下位法である「個人情報保護法案」によって制限されねばならないのか?
憲法第21条で、
『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する』
とされた国民が、なぜ個人情報保護法案において、
『表現の自由、学問の自由、信教の自由及び政治活動の自由を妨げることがないよう配慮しなければならない』
などと、あたかも主務大臣が国民の「表現の自由」を妨げることがあり得るような規定の仕方がなされるのか?
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人権擁護法案
@救済対象は「取材逸脱行為による人権侵害」に限る。
報道による人権侵害を受けた人のうち、「犯罪被害者やその家族、親族」「犯罪少年」「犯罪者の家族、親族」を特別救済の対象としている。
類型としては、これら対象者に対する@著しくプライバシーを侵害する報道A著しく生活の平穏を害する過剰な取材の二つを挙げている。
Aについては、「取材を拒んでいるにもかかわらず、次のいずれかに該当する行為を継続的に又は反復して行い、その者の生活の平穏を著しく害すること」と記し、そのうえで「過剰な取材」に該当する行為として「つきまとい、待ち伏せ、立ちふさがり、見張り、押し掛け、電話、ファクシミリ送信」を列挙している。
条文で具体的に例示することで拡大運用に歯止めがかかる効果を期待できる一方、条文に示された行為はすべて違法な過剰取材に当たるとの認識が広がる危険がある。
すなわち規定の仕方が不適当で、その結果、許されるべき熱心な取材まで制約される危険がある。
この欠陥を除くため、読売の修正試案は、『救済対象を「取材逸脱行為」に限定する』よう提言している。
許されない「取材逸脱行為」と、認められるべき取材行為を区別する狙いがある。
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公明党の支持母体である創価学会に、「メディア規制二法」に対して「表現の自由を侵害する恐れがある」との懸念が根強く、「官が民を縛るのはやめ、第三者機関が(報道機関などを)監督した方がいい」(幹部)という意見もあるようだ。
「取材逸脱行為」、これを「表現の自由」を脅かされながら”お上”に取り締まってもらおうとするのは、やめたらどうであろうか?
学会幹部さんの言うように、第三者機関にでも監督を委ねては如何であろうか?
メディア業界内部で浄化すべき問題であろう。
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人権擁護法案
B不服申立制度を設ける。
政府案では、人権委員会の調査を受けたり、勧告などの救済措置を受けたりした者が、たとえ事実誤認に基づく調査や措置を受けたとしても、人権委に不服を申し立てる手段がない。
人権委の調査や措置は行政処分ではないとされているので、行政訴訟の対象ともならない。
「誤った事実認定に基づく勧告で損害を受けた」として、国家賠償請求訴訟を起こす道はあるが、国家賠償は国側の故意か重過失がない限り認められないのが実情だ。
プライバシー問題に詳しい元東京高裁部総括判事の竹田稔弁護士は「不服申立制度の意義は、委員会の再考を促すことにある。これは、他の法律制度の中にもたくさん設けられている」と述べ、「差別助長行為などを差し止める訴訟を人権委が自ら起こす制度まで設けていながら、不服申立手続きが十分でない。あるべき法制とは言えない」と批判している。
この欠陥を除くため、読売の修正試案は、『不服申立制度を設ける』と提言し、この制度の追加は、この法案に基づく新たな人権擁護制度の実施に不可欠であるとしている。
ここで国民が問題とすべきなのは、なぜ政府原案に「不服申立制度」が盛り込まれなかったか?である。
単に忘れましたで言い繕える簡単な問題ではない。
ここにも後述する政府・与党の隠された部分の「立法の精神」が読み取れる。
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人権擁護法案
C人権委員会は内閣府の内部機関とする。
政府案では、人権委員会は法務省の外局となる。
だが、同省の所管する入国管理施設や刑務所なぢでは、虐待など人権侵害の訴えが少なくない。
政府案では、これら法務省所管の施設で問題が起きた場合、身内の関係になる人権委が公平に対応できるか疑問だ。
さらに政府案では、人権委は国家行政組織法に基づく独立行政委員会とされる。
「三条委員会」と呼ばれる行政委員会は内閣からの独立性を持ち、複数の委員の合議で決定していく機関だ。
しかし独立性の反面、国務大臣に責任が集約される一般官庁と違って責任の所在があいまいで、国会のチェックも及びにくい欠点がある。
この欠陥を除くため、読売の修正試案は、『人権委員会は内閣府の内部機関とする』提言を行った。
すなわち、人権委を国家行政組織法第8条に基づく「八条委員会」とし、さらに内閣府の内部機関と位置づける。
「八条委員会」は一定の独立性と国務大臣の統括を受ける立場という二つの特性を合わせ持つ、と読売は解説している。
「八条委員会」の例には、金融庁傘下の証券取引委員会などがあるという。
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以上が、5月12日に読売新聞社が発表した「個人情報保護法案」と「人権擁護法案」に関する修正試案についての説明である。
同日、読売は”社説”で、こう語っている。
『国民の暮らしを守るのに不可欠な法案だが、その一部に欠陥がある。どう扱えばよいか?』
「国民の暮らしを守るのに不可欠」と言えば、不可欠かもしれない。
官庁・役所などで、「住民基本台帳ネットワーク」などにより国民から法的に収集した我われの個人情報が、行政の「無責任」と「怠慢」で瞬時に大量に漏洩(ろうえい)する可能性があるとすれば、国民はオチオチ暮らしてはいられないことは確かだ。
しかし”社説”は、その不可欠な法案が、この「個人情報保護法案」と「人権擁護法案」でなければいけないかのような言い方をしている。
ここに、昨今、小泉首相や官邸、官庁の連中によくみられる論理の「すり替え」がある。
別の形の法案もしくは別のやり方があるのではなかろうか?
政府・与党の提出してきたこの「メディア規制二法」には、読売自身が修正試案作成にあたって指摘している様々な欠陥がある。
同じく”社説”の中で、こうも語っている。
『賛成できないのは、どちらの法案にも「報道の自由」や「表現の自由」を損ねかねない条項が含まれている点だ。』
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ここで私は、法案における「立法の精神」に言及したい。
国会に法案が提出されるにあたっては、必ずや当該法案を提出するに到った動機があるわけである。
法案の中では、それは「目的」として明記される。
しかし、ここで国民が注意しなければいけないのは、法案に明記された「目的」が必ずしもその法案の提出者の真の目的を表わしていないことがあり得ることである。
ひとつの法案の「立法の精神」は、その法案の内容すべての中で判断されねばならない。
決して法案に記載された「目的」や、中の一部の条項のみによって、その法案の「立法の精神」を判断してはならない。
法案全体の内容とつながりによって判断されたその法案の「立法の精神」こそが、その法案が成立し施行となったあかつきに、徐々に表に姿を現してくる主要なる唯一のものなのである。
もちろん施行開始されて時間が経過するうちに、「立法の精神」が失われて法案の解釈が変質してくる場合もあるが、それはまた別の話だ。
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読売はまた、同日3面の記事の中で、次のように語っている。
『本社の修正試案は、両法案のいずれについても、政府案の基本的な枠組みは保ちながら、取材・報道活動へ現実の影響が及ぶ個所に対し修正を求めるものだ』と。
政府のこの法案にかける「立法の精神」は、その政府原案にある。
それに対して読売は、はっきり「欠陥がある」「”報道の自由”や”表現の自由”を損ないかねない条項が含まれている」と指摘している。
人権委員会を法務省の外局という公平性に疑問を抱かせる位置づけにしたり、「表現の自由」という重要な問題を扱うにもかかわらず「不服申立制度」が無視されていたり、「透明性の確保」の名を借りて報道の取材行為を制約しかねない条項を盛り込むなど、「表現の自由」に政府が介入する道を開き、公権力による裁量権の拡大を目指すかのような趣すら感じられる。
読売は、こう明言している。「政府案の基本的な枠組みは保ちながら」と。
基本的な枠組みが保たれているということは、当然、法案の提出者である政府の「立法の精神」も受け継がれているということと、実は同義なのである。
たとえ例外規定を設けて表面的に取り繕ってみても、その法案が成立施行され運用されるにあたって実際に意味を持ってくるものは、再三再四申し上げてきた法案の「立法の精神」なのである。
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さらに申し上げれば、読売は、こうも言っている。「取材・報道活動へ現実の影響が及ぶ個所に対し修正を求めるものだ」と。
読売が修正試案を提言するにあたって、「人権・プライバシーの保護」と「報道の自由」の両立を図ることを目的としたと語っていることは、すでに述べた。
読売はまた、次のようにも語っている。
『個人情報保護法案と人権擁護法案をめぐる国会の論戦は、報道とのかかわりを中心に長期化の兆しを見せている。
読売新聞社が両法案の修正試案をまとめたのは、このような状況で、報道機関として、観念的な反対でなく、具体的かつ建設的な提言を行う責任があると考えたからだ。』
まず始めに、論争が「長期化の兆しを見せて」は、なぜいけないのであろう?
コトは、憲法第21条の「表現の自由」に関わる、国民にとって極めて重要な問題である。
政府が練り不足のまま提出してきた「未熟」法案を、国会で時間をかけてじっくり議論するのが、なぜ問題なのであろう?
法案提出者である小泉内閣が、法案成立を急ぐのはわかる。
しかし、このような状況下で、読売新聞社がなぜ法案成立を急がねばならないんだ?
次は、報道機関として、「観念的な反対でなく、具体的かつ建設的な提言を行う責任がある」とする部分である。
面白い表現である。
ジャーナリズムに身を置き、しかもその業界最大手の一角にある読売新聞社が、「報道」というものをどう捉えているかがわかる気のする文章である。実に面白い!
報道機関は、観念的な反対をしてはいけない。
報道機関は、具体的かつ建設的な提言を行う責任がある、んですか。
そこで「取材・報道活動へ現実の影響が及ぶ個所に対し修正を求める」ことになったわけですね?
こりゃあ、確かに具体的だ。「現実に影響が及ぶ個所」に対してだけですか?
要するに、現実に自分たちの取材・報道活動に影響が及んでこないものは、はっきり言って、どうでもいいんですか・・・ね?
それが「報道」に携わるメディア業界に生きる読売新聞社の発言ですか?
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読売新聞社 殿
「報道」とは何ですか?
「報道」とは、政府が提出してきた「未熟法案」に対し、「具体的かつ建設的な提言を行う」ことなんですか?
政府・与党の提出してきた「個人情報保護法案」と「人権擁護法案」は、明らかな「未熟」法案ですね。
同時に、日本国憲法で保障された「表現の自由」を制約しかねない懸念のある内容となっています。
「報道」に携わる御社が、なぜ「表現の自由」を制約しかねない内容の法案の基本的枠組みを保ったまま、修正試案の提言に踏み切ったのかたいへん疑問に思うとともに、残念にも思っています。
「取材源の秘匿」を脅かす「透明性の確保」の基本原則に対しても、御社の提言は、「報道分野への適用の除外」という例外規定にとどまっています。
公権力に比べて、「報道」側の力は脆いものです。
ひとたび公権力に擦り寄れば、「報道の自由」は必ずや制約されたものとなっていきます。
「報道の自由」、これはある意味で「人権」の源でもあります。
「報道の自由」の失われた国には、本来の意味での「人権」はないと言って過言ではないでしょう。
「報道の自由」は、我われ国民の「人権」を守るためにも、一歩たりとも譲ってはならない一線であると考えます。
御社は、もともと「報道の自由」がすべてに優先する絶対不可侵の権利とは思っていないそうですね。
今回の政府・与党に擦り寄るが如き「修正試案」も、そのような背景から生まれてきたに違いありませんね。
御社は、報道機関として、「具体的かつ建設的な提言を行う責任がある」と考えているようです。
この政府提出の「表現の自由」や報道の自由」を制約しかねない「未熟な」メディア規制二法に対して、他の報道機関が単に悪法として廃案に追い込もうとしていることが、御社の言い方によれば、なぜ無責任ということになるのですか?
私は今回の御社の「修正試案」という破天荒な「挑戦」が、御社にとって「吉」と出るか、「凶」と出るか?と指摘いたしました。
本日、民主、自由、共産、社民の野党四党が政策責任者会議を開き、個人情報保護法案の今国会での廃案を目指す方針を改めて確認しました。
御社の修正試案に関しては、「内容は不十分だ」との意見が大勢を占め、小泉首相が同法案の修正の検討を指示したことに対しても、「審議入り前に修正を指示するのは、国会軽視だ」との認識で一致したようです。
結果的に御社の修正試案が無視されるようなことになれば、政府・与党に擦り寄って「報道の自由」を売り渡した形の修正試案の提言は、メディア業界に身を置きジャーナリズムに携わる御社の今後にとって、「山拓放尿疑惑」に優るとも劣らない大恥を世間に曝したことになるのではないでしょうか?
「報道」に身を置く誇りを忘れた御社の破天荒な「挑戦」は、予想通り「凶」と出そうですね!
ちなみに「報道」とは、クサイモノニフタをしたり、ねじ曲げたりせず、事実をありのままに読者に伝えることではないでしょうか。
(2002/05/17)
後日談:「短冊」
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