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<Taka remarks>
川本裕子氏
「侍の心を持つ女性」
道路関係四公団民営化推進委員会「七人の侍」の中に、小柄で寡黙で、地味な印象を受ける女性がいたのをご記憶にとどめられているであろうか?
3月20日の日経新聞朝刊31面の「経済教室」−邦銀復活の条件(上)−に、その人物の小論文が掲載された。
その記事を読んで、私は初めて、筆者であるその女性に強い関心を抱いた。
マッキンゼー・アンド・カンパニー シニア・エクスパート川本裕子氏が、その人である。
マッキンゼーは、世界44カ国に83の支社を持ち、75の国籍からなる7,005人(2001年2月末時点)のコンサルタントを抱え、全世界の主要企業を対象に年間1,600以上のコンサルティング・プロジェクトを手掛け、パートナーシップにより運営される世界有数の経営コンサルティング組織である。
その日本支社は1971年に東京に開設され、14名のパートナーを含む約150名のコンサルタントがクライアントへのコンサルティング・サービスの提供や、出版、各種セミナー開催等の活動を通じ、日本はもとよりマッキンゼーのアジア・パシフィック地域の中核として機能しているということだ。
マッキンゼー・アンド・カンパニーのHP(http://www.mckinsey.co.jp/index.html)から、川本さんの略歴をご紹介しよう。
東京大学文学部社会心理学科卒。
オックスフォード大学大学院経済学修士課程修了。
旧東京銀行勤務を経て、1988年にマッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社に入社。
1995〜99年パリに勤務。99年から日本勤務。
現在、金融庁顧問(金融タスクフォースメンバー)。道路関係四公団民営化推進委員会委員。総合規制改革会議専門委員。
まさに華麗と言わずして何と言うキャリア・ディベロップメントであろうか。
私が特に強調しておきたいことは、彼女がたった一度も官庁勤めを経験していないことである。常に民間畑を歩んできた川本氏のキャリアは、「官僚帝国主義」支配が蔓延する日本にとって貴重な人材といえよう。
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マッキンゼーのHPには、パートナーほか組織の方々がメディア等へ発表した論文が、”Articles 記事”と題するウェブに掲載されている。
川本裕子氏の記事は、次のとおりであった
●「大手銀行に収益率目標」 日本経済新聞 2002/4/30
●「収益数値目標にコミットした銀行経営の実現を」 経済セミナー 2002/6
●「銀行再生に時間軸を」 日経ビジネス 2002/6/17
●「究極の問題はトップと役員人事」 金融ビジネス 2002/7
●「戦略なき”社会主義化”は日本経済を滅ぼす」 週刊東洋経済 2002/12/14
そして私が川本さんの存在感を初めて意識した、3月20日の日経「経済教室」に掲載された小論文の要約は、次のようであった。(「経済教室」には、文頭に、読者のために内容の重要部分を数行に要約したカコミがある。)
日本の銀行の再生は、資本注入やマクロのデフレ解消策で解決する課題ではなく、ミクロの経営改革と金融行政の改革が不可欠だ。国の銀行部門からの撤退期限を明示した上で、戦略的に政策・経営を組み立て直す必要がある。銀行経営陣への動機付けが最大のカギである。
すなわち、マッキンゼーのウェブに紹介された昨年4月から12月までの5論文の集大成が、日経「経済教室」の内容であったと言っても過言ではなかろう。
川本さんの論点に、”ゆらぎ”はない。上記要約に書かれた、「日本の銀行の再生は、資本注入やマクロのデフレ解消策で解決する課題ではなく」との言葉を、竹中財政・金融担当相や日銀に天下った10年に一人の逸材と言われる「元」財務官僚や、「現」財務官僚連中は、どのように受け取るのであろうか?
市場競争原理に基づく米国流資本主義のど真ん中を生き抜いてきた川本さんが日本の腐った行政を見る目には、自信と確信が漲(みなぎ)っている。
川本さんは、竹中財政・金融担当相のように、経営者の首を切って銀行に公的資金を注入するだけでは、何も解決しないと言っている。さらに、「元」や「現」の財務官僚のように、日銀がインタゲ路線をとればすべてはうまく行くように喧伝していることに対し、日本の銀行の再生は、マクロのデフレ解消策では解消しないと明言している。
私は、ここまで行政に正面切って明言するエコノミストを、他にあまり知らない。
「戦略なき”社会主義化”は日本経済を滅ぼす」(週刊東洋経済 2002/12/14)の中では、川本氏はこう語っている。
『昨今とても気になることがある。銀行に対する公的資金の投入にせよ、産業再生機構にせよ、国が前に出て(場合によっては、相当の国民負担を覚悟して)現下の経済危機を管理するという発想である。それだけに、国家の経済管理に伴う大きなリスクをよほど意識して取り組まなければ、日本経済が社会主義化してしまう危険もあるのに、当局者はその危険を意識的に無視してしまっていないかということである。』
当局者が、『その危険を意識的に無視してしまっていないか』という川本氏の真意は、「政府・財務省は、銀行への公的資金注入や産業再生機構やインタゲなどの政策を利用して、国民を騙しにかかっているのではないか」と言ったも同然の表現ではなかろうか?
私は、100%同調する。川本さん、あなたの見解は、まったく正しい。ただあなたが、『日本経済が社会主義化してしまう危険もあるのに』と書かれている部分については、異論がある。
特に川本氏のご専門の日本の金融システムに関しては、「官」のジャイアント「郵便局」もあり、当局によるガンジガラメの規制・指導もあり、巷間「金融社会主義」と言われる如く、「社会主義化してしまう危険」の段階というよりは、もはや「社会主義化してしまっている」日本の金融システムにおける銀行国有化は、何かの始まりというよりは、「金融社会主義」の必然的結果に過ぎないのではないかと考えている。
些細な部分の相違はさておいて、「経済教室」の全文を通じて、川本さんはあくまでも次の三点を何度も強調している。
一つは、日本の銀行の再生を巡る過去の経緯において、銀行側、行政側双方に問題があったーーという点。
彼女はこう語る。『「行政も銀行もその場しのぎ」という指摘は、90年代前半から繰り返しなされてきた。不良債権問題もその根本は、資本主義経済の基本ともいえる銀行経営の自立が実現できない点にある。』
『銀行経営の自立ができない』原因として、川本氏は、銀行側の問題点を昨今”世間で”評判の悪い金融界の「自力増資」を例にとり、こう語る。
『いくら資金を集めても自力で収益をあげられる体制にならなければ、結局は今決算期を乗り切るための新しい「演(だ)し物」に終わる。』
資本注入がなされた1999年以降、大手銀行による決算発表の席で述べられた「次期には不良債権処理は大幅縮小し黒字化を予想」との経営陣の言葉は、次期になると実際の処理額が予想の数倍になる結果の繰り返しであった。
その背景には、小泉政権によるデフレ経済の下でのデフレ政策推進という大きな経済失政があったことはもちろんであるが、川本氏はまた、過去の金融行政の問題点にも深く踏み込んで次のように語る。
『行政の一貫性の欠如も否めない。株式の原価法採用、土地再評価法、持ち株会社設立による公的資金(優先株)への配当金の確保、空売り規制、ペイオフ延期と、銀行経営が行き詰まるたびに短期的に銀行経営に有利となるようルールを便宜的に変更し、結果として国内外で信用を失った。
逆に資産査定に批判が集まると、そのたびに特別検査を重ねてルールの厳格化を図った。厳格化は間違っていないが、何度も変更したため行政と銀行の現場を疲弊させ、金融規制への信頼を損ねた。』
上記の分析の中に、竹中財政・金融担当相の推進している政策への痛烈な批判が込められていることにお気付きであろうか?
竹中氏による金融担当相兼任発令の直後の税効果会計見直し発言は、銀行経営者側からかの有名な「サッカーのルールで試合をやっていたら、急にアメリカンフットボールのルールでやれと言われるようなものだ」との逆襲を浴びた。
川本氏は、金融行政が過去に、『銀行経営が行き詰まるたびに短期的に銀行経営に有利となるようルールを便宜的に変更』してきたことを明言している。
また竹中氏の「銀行国有化ありき」に基づく特別検査の厳格化に対しても彼女は、『厳格化は間違っていないが、何度も変更したため行政と銀行の現場を疲弊させ、金融規制への信頼を損ねた』として決して好意的に捉えていないし、川本氏はそもそも『銀行問題は、資本注入して国有化したからといって解決する問題ではない』と確信している。
竹中氏が銀行経営陣の責任を問う姿勢に対しても、『人心一新は変革時には欠かせない』と一般論では述べても、『単純な経営陣交代論には注意が必要だ』と楔を打ち込んでいる。
さらに竹中氏が片腕にと採用した木村剛氏(KPMGフィナンシャル代表)の”おはこ”である「銀行の中小企業いじめ」についても、川本氏は次のように歯切れ良くかつ理論的に語っている。私もまったく同意見を持っている。
『中小企業貸し出しを量で縛ることは、リスクに見合った金利負担に耐えられない企業のコストを民間金融機関で吸収させることを意味する。政府系金融機関の見直しを先送りして公的融資を進めながら、(一方で)公的資金を注入した民間銀行の中小企業枠をそのままにしておくのは整合的でない。』
川本さんが、一貫して行政に対し問題視していることは、「勝手なことばかりやってんじゃないよ」ということである。「侍の心」を持った真の日本女性(大和撫子)であると感じる。
これに比較して、経済諮問委員会に名を連ねている吉川洋・東京大学大学院経済学研究科教授などという連中は、経済音痴の「傾き者」小泉首相にシッポを振り耳を垂れヨダレまで垂らして「ポチ」化してしまっている。少しは川本裕子さんの「侍の心」を見習ったらどうだ。
銀行が「自力で収益を上げられる体制にならない」理由については、次の文章が川本氏の回答になっていよう。
『結果責任を問う裏返しとして、経営の手法や運営の自由度を広く与えるべきだ。現行の経営健全化計画は業務純益など利益指標だけでなく、中小企業貸付比率、人員削減、役員報酬など個別事項にも目標値を置き総花的に管理していて、銀行は最終目標である収益率の達成に真っ直ぐ進めない。例えば、人員数削減が目標だと、安い一人当たり人件費で事業を拡大して利益をあげる選択肢は閉ざされる。』
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結論として川本さんは、銀行に「ミクロの経営改革」を求め、それが成功するかは、『経営陣への動機付けが最大のカギである』と主張する。
行政は、『期間を定め、その間に銀行は自立のための経営改革を実施し、期間終了時点で国は保有株式を手放す。その時点で自立の見込みのない場合は、整理手続きに入る』べきであると主張する。
実は、現下の四大銀行体制に導いてきたのは他でもない、財務官僚たちであったことは周知の事実である。私の頭の中には、銀行を整理すべきときは、四大銀行体制に持ち込む以前ではなかったかとの思いがある。
ここまできて、四大銀行のうちの一行でも整理手続きに入るには、他の三大銀行への波及が余りに大き過ぎるのではなかろうか?
従って私としては、今後、『期間を定め・・・整理手続きに入る』べきであるとする川本さんのご意見に関しては、全面的に賛成することはできない。
しかし、銀行問題解決の「王道」は、ミクロの銀行経営改革と金融庁改革であり、いま求められているのは、その当たり前のことを進める率直さであるという川本さんの主張は、その通りであると思う。
日経「経済教室」に掲載された本文を読んで、もっとも耳の痛い人物は、竹中財政・金融担当相ではあるまいか?その竹中氏が現在も、川本さんから「金融庁改革」を要求された政府内で、金融システム対策のヘッドを務めているという皮肉さ、悲惨さ。
その鋭い指摘をした川本裕子氏が、金融庁顧問であるという最大のアイロニー。
日本の行政を支配する「官僚帝国」は、”聞き置けども、実行せず”がモットーの腐った世界。
その腐った、だが強力無比な「官僚帝国」に、臆せず激せずズバリと太刀を切り込む川本裕子氏は、いまの日本の社会では男にすら数少ない「侍の心」を持った魅力的な女性に違いない・・・
と、私は確信している。
(2003/03/27)