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<Taka remarks>
田勢康弘氏
「日経新聞」と田勢記者
ー自虐的元ジャーナリストの話ー
最近、日経新聞がつまらない。
読むに値する記事が、めっきり減ってしまった。
小泉首相が税制改革を言い出せば、突然降って湧いたように「社説」で税制改革の必要性を取り上げる。
税制改革の企画特集ものを始める。
小泉首相が「政と官」の見直しについて提言すると、紙面は「政と官」見直し一点張りとなる。
自民党江藤・亀井派の亀井静香会長代行が早速、、「議会制民主主義、政党政治の根幹に触れる極めて大きな提案だ」と自民党国家戦略本部の名を借りた小泉提言の裏に隠された真の狙い、すなわち「官僚王国」を従えた小泉独裁政権樹立5カ年計画の一里塚としての位置付けを見抜いた如く、短期間において自民党内で白紙に戻されてしまったのもむべなるかなという代物であった。
自民党内で白紙に戻されてしまったのが余りに早かったため、小泉首相の提灯を点ける「政・官の関係を問う」と題する連載特集企画の途中で、自民党内では小泉提言の白紙還元が決着済みとなるという茶番劇まで生じた。
日経得意の経済記事も、財務省による力ずくでの日経225引き上げの前に3月危機そのものが押さえ込まれてしまったため、現在は批判分析記事を出しづらい空白状態の感がある。
小泉首相への提灯記事は、見出しだけで十分だ。
中味を読んでも、政府見解とほとんど同一だ。読んでも何も得るところはない。
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まっこと最近、日経新聞がつまらない。
読む価値のある記事が、ほとんどないといって言い過ぎではない。
5月6日の日経新聞朝刊2面に、、二カ月に一回の定番、田勢記者の「風見鶏」のコメントが掲載された。
当ホームページの読者の皆さんにはおなじみの、「小泉内閣宣伝相」の田勢記者である。
同記者のコメントを読みながらいつの間にか私は、そのコメントの内容と日経新聞の最近のつまらなさとの関連性に思いを巡らしていた。
多々共通点がありそうだ。
提灯記事というものは、ほんとに詰らないものだ。
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DATE・・・・2002/05/06(M-2)
記者 ・・・・編集委員 田勢康弘
TITLE ・・・”風見鶏”/後より晴るる 野路の村雨
評価 ・・・・C
『内閣支持率が最高時の半分になってしまった小泉純一郎首相は内心、「なぜ半分に減ってしまったのか」といぶかりつつ、表向きは「まだ半分もある」と強気を装う。
もちろん、80%を越すような支持率が異常なのであって、いまの5割を少し欠けるぐらいが実態に近い数値だろう。』
そうだろうか?
小泉首相はほんとうに、『「なぜ半分に減ってしまったのか」といぶかりつつ、表向きは「まだ半分もある」と強気を装って』いるであろうか?
この短い文の中に、二つの誤りがある。
@「なぜ半分に減ってしまったのか」について、小泉首相は決して「いぶかって」なぞいない。
それは本人がもっともよくわかっていることである。国民だってみなわかっている。
小泉首相自身が自ら、国民の支持を失うようなことを率先してやってきたことを。
そういう誰もがわかっていることを、なぜ田勢記者はわからない「フリ」をする?
A小泉首相はほんとうに、表向きは「まだ半分もある」と強気を装って』いるであろうか?
彼は前々から、50%程度の支持率が居心地が良いと語ってきた。
私は小泉首相が、『表向きは「まだ半分もある」と強気を装って』いるとは思わない。
国会でもそう答弁しているが、彼は未だに50%近くもの支持率があることに十分満足しているし、逆に私も含めて国民は、なぜ未だに50%近い支持率があるのかを心底疑問に思っている。
田勢記者は、自分の言葉として「80%を越すような支持率が異常なのであって、いまの5割を少し欠けるぐらいが実態に近い数値だろう」とかってに決めつけて語っているが、小泉首相自身はこの50%近い支持率の中味をよくわかっているはずだ。
それは偏に小泉首相とその片腕、飯島政務首席秘書官の総合メディア戦略によるものである。
かって80%を超えた小泉内閣支持率も、優先的にワイドショーへ出演し、スポーツ紙、女性誌、マンガ本などのインタビューを受けたことの果実であった。
最近でも小泉首相がサッカーボールを蹴る映像や、子供相手に伊達男が着るような服を着て自転車に乗った映像が、これでもかというほどテレビ画面を賑わせたことは記憶に新しい。
さらに私に言わせれば、小泉内閣の支持率50%弱の内訳は、公務員と右より思考のタカ派と自民党コテコテ守旧派となろうかと推測している。
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田勢記者は、小泉内閣の支持率について語るとき、それらすべてを無視している、もしくは分析を故意に放棄してしまっている。
彼は、内閣支持率は半減したが、『小泉政治そのものはさほど変化したようには思えない』と語る。
小泉首相の『やることのひとつひとつに魅力がなくなってきたように見える』のは、
『こちら側の気持ちの変化によるもので、小泉政治そのものはさほど変化したようには思えない。
小泉批判をする人は、明らかに変質している、とメディア規制法案などを理由に挙げる』
と述べる。
本筋の部分に行く前にも、この男の文にはいちいち引っ掛かる箇所がある。
田勢記者は、言うに事欠いて「こちら側」などと言う。実にけしからない。
田勢記者が語っているのは、小泉政治そのものはさほど変化していないのに、自分たちの気持ちの変化によって小泉首相を支持しなくなった人々がいる、ということである。
それを「こちら側の」気持ちの変化云々とは、どういうことか?
田勢記者、あなたは「こちら側の」尻軽軽薄な人種ではなく、変わらず小泉首相を支持し続けてきた「本物の」人ではないのか?
それを読者に媚びるように、「こちら側の」とは何ごとだ!
あなたは、「そちら側の」人ではないか。媚びるな!
あなたはある意味で、「小泉政治そのものはさほど変化していないのに、自分たちの気持ちの変化によって小泉首相を支持しなくなった人々」の姿勢を非難している。
非難の対象としている人々に、なぜ媚びる?
小泉首相にジャーナリスト魂を売って、そこまで落ちぶれた記者ということか?
田勢氏は続いて、メディア規制法案に関して、『いかに岸信介派の流れをくむ小泉首相でも、憲法改正よりも反対の強いものを押し通す気持ちはないだろう』と語る。
よくぞ言ってくれた!「憲法改正よりも反対の強いもの」と。
そこはいいんだが、おいおい、お前は小泉首相のすべてをお見通しってか?
なぜ小泉首相が、「メディア規制法案」を押し通す気がないってわかる?
押し通す気がない法案を、なぜこの重要法案、重要案件が山積みの国会へ提出してきた?なぜだ?
その答えを言わない限り、あなたには、『いかに小泉首相でも、憲法改正よりも反対の強いものを押し通す気持ちはないだろう』などと、断定的なことを言う資格はない。
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小泉首相を支持しなくなった人々は、『就任当初から、短期間に結果を期待するのは無理だとわかっていたはずなのに、いまは「改革はむしろ後退している」との大合唱である』と、田勢氏は語る。
『何事にも自虐的なことが好きな日本人得意のだめだ、だめだである。
そのことがどれだけ日本という国の評価を下げることにつながっているか』
と田勢氏の言葉は続く。
この男は、小泉内閣を支持しなくなった30%強の国民を、「自虐的な」人間と非難しているのだ。
アンビリーバブル!この「小泉内閣宣伝相」は、日経新聞のコラムを利用して、多数の国民を「自虐的」と非難しているのだ!
この男の文には、またもや自己矛盾がある。
小泉首相にジャーナリスト魂を売って、この男の文は明らかに変質してしまった。
そこここに単純な「自己矛盾」や「短絡解釈」が目につく。
未だ小泉首相は、50%弱の支持率を誇る話は、もうすでに出た。
いったいその50%の国民は、「自虐的なことが好きな日本人」ではないのか?
いや、その未だ小泉首相を支持する50%の国民こそ、「自虐的なことが好きな日本人」そのものではないのか?
さらに言えば、田勢記者、あなたそのものが「自虐的なことが好きな日本人」の典型ではないのか?
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記事は続いて、米大統領経済諮問委員会のグレン・ハバード委員長がフィナンシャル・タイムズ紙に「日本の長い旅への第一歩」と題する論文について述べている。
『たぶん、評論家たちは間違っている。
日本は構造改革とマクロ経済のためにとるべき手を打った。
もちろん、勝利を宣言することはできない。
しかし第一歩を踏み出したのは重要である。
たぶん百マイルの旅はこうした小さな数歩から始まるのだろう。』
田勢記者は、米国の現役政府高官の論文が掲載された背景について、
『自虐的な日本国内の小泉政治批判が、アメリカはもちろん、世界全体の景気の足を引っ張ることを強く懸念したためではないかと思われる』
とまた、あくまでも手前勝手な解釈を読者に押しつけようとする。
「SEP11]以来、未だに戦時中のブッシュ政権の人間がどう言おうがあまり興味ないが、読者の皆さんには、一言だけ田勢記者について申し上げておこう。
田勢記者は、小泉首相と同類の完璧な「経済音痴」である。
経済がわからなければ、日本が現在置かれている破滅的な経済状況に由来する、政治的な動きの理解は困難である。
アメリカが、『(日本が)世界全体の景気の足を引っ張ることを強く懸念している』ことは、事実である。
FRBのグリーンスパン議長をはじめ、米国の経済界の要人はすべて、かなり以前から日本の経済崩壊が米国はじめ世界経済をクラッシュに導く怖れを憂慮してきた。
それは、紛れもない事実である。
しかしその理由は、田勢記者の言う『自虐的な日本国内の小泉政治批判が』、米国や世界経済の足を引っ張ることを怖れているわけではない。
彼らは、当初期待していた小泉首相の「改革」路線が、けっきょく旧来と同様のエセ「改革」であったことがわかってきた。
彼らは、ガッカリしているのだ。
当初、小泉首相に期待したが、その実態がだんだん明らかになってくるに連れて、期待を裏切られてガッカリする。
これはまさに、小泉首相を支持しなくなった、田勢記者の言葉を借りれば、「自虐的なことが好きな」日本国民の感覚と同じではないか?
読者の皆さんは、米大統領経済諮問委員会のグレン・ハバード委員長の、
『日本は構造改革とマクロ経済のためにとるべき手を打った』
との言葉をどう思いますか?
小泉首相は、構造改革とマクロ経済のためにとるべき手を打ったんですか?
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「小泉内閣宣伝相」の田勢記者の末尾の言葉は、いつも同じである。
『人気急落にあわててみても仕方がない。
小泉首相は中途半端ではなく思い切り、改革の大なたを振るい続けるべきである。
評価は後世の史家に委ねるしかない。』
冗談じゃないよ。いまこの社会に生きているのは、我われなんだぜ。
後世になって、あの小泉首相は稀代の「詭弁家」首相であったなどと言われても、手遅れだ。
『中途半端ではなく思い切り、改革の大なたを振るい続けるべきである。』
たまらんぜ、後世になって稀代の「詭弁家」首相であったことが定説となるであろう人間に、『思いっ切り大なたを振るい続けられ』たんじゃ!
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昨年4月26日、小泉内閣が誕生した。
それから4日後の30日の”風見鶏”に、田勢記者は、「高杉晋作」と小泉首相と題するコメントを寄せている。
その中には、次の文章があった。
『(小泉首相は)どこかテロリスト的ムードが漂う。テロリストは心を明かさない。』
『頑固な人だけに自説にこだわるあまり、国をあやまるようなことだけはしてほしくない。』
小泉首相と田勢記者は、以前から政治の話などせず、音楽や映画などの話をする間柄の関係にあったという。
単なる新聞記者と政治家という関係を超えて、CDを送ったりする親しい付き合いをしている田勢記者の言葉だけに、上記の文章は読む者に、なおさらヒヤリとする感覚を抱かせる。
このコメントを書いた当時の田勢記者は、ジャーナリストであった。
彼はいつ頃から、「自虐的な」元ジャーナリストになってしまったのであろうか?
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田勢記者と日経新聞は、とてもよく似ている。
ともに小泉首相、小泉内閣の宣伝を好む。
最近の田勢記者と日経新聞の記事は、ともに読む前から内容が想像できてしまう。
提灯記事は、読む者にはつまらないものだ。
ご参考:
Taka remarks/2001/04/30(M-2)”風見鶏”「高杉晋作」と小泉首相
Taka remarks/2001/06/04(M-2)”風見鶏”「天辺の月」と小泉首相
Taka remarks/2001/08/20(M-2)”風見鶏”「靖国の夏」が終わって
Taka remarks/2001/11/19(M-2)”風見鶏”「政局になる」か小泉改革
Taka watches/2002/02/18(M-2)”風見鶏”「動けば雷電の如く」あれ
Taka watches/2002/03/18(M-2)”風見鶏”「この道はいつか来た道」
(2002/05/06)
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