the NIKKEI-watcher

Taka watches


「これほどとぼけた”社説”は珍しい」

DATE・・・・2001/11/03(M-2)
”社説” ・・憂うべき「外相不在」の長期化
評価 ・・・・C Objection!



小泉純一郎首相は、田中真紀子外相をめぐる外務省の現状をじっくり考えてほしい』と”社説”は始まる。『田中外相を更迭し、例えば国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子氏に外相就任を打診してみてはどうか』と、”社説”は小泉首相に提案している。その内容は、誰が書いたか知らないが、はてさて日経新聞政治部にこれほどお粗末な記者がいたかと、首を捻ってしまうくらいのものであった。

@『現状が続いて失うものは日本にとってだけでなく、外相自身にとっても大きい。外交政策の立案、決定、実施の過程の中で、外相の機能が欠落した状態がいまだに続いているからだ。

これは、二重の意味で誤っている。まず小泉首相が固執した「靖国参拝問題」を考えていただきたい。一国の首相が、自分の個人的感情(彼がそう言っている。これは個人的問題だと)を充足させる為に、日本国に実害を及ぼすであろう「靖国公式参拝」にあれほど拘泥し、あげく実行し、けっきょく予想通り中国、韓国の猛反発を招いて国益を損じた外交的大失態の過程において、この記者は、小泉首相に、「靖国参拝にこだわり、国益を損ずるな」と”社説”の中で提言したことがあったのであろうか?その中で、それでも実行するなら首相を退陣すべきであると、明言したのであろうか?そうでなければ、黙っているべきだ。
極論すれば、日本に外交と呼べるまともな何かがあるのであろうか?ロシアとの間では、十年一日の如く、四島一括変換だ、あるいは二島先行変換だと、政権が変わるごとに好き勝手に叫んでいる。海外の会議に行けば、不良債権処理だと宣言し、帰りの飛行機の中ではすっかり忘れている。これが外交か?外交政策の立案、決定、実施の過程の中のどこに、外相独自の機能があるというのか?人事課長一人の更迭すらできない強固な官僚組織の上に乗っかっているだけの飾りのような日本の外相に、そんな機能がある訳もない。すべては幹部官僚の意のままに動かされているのが、とりわけ日本の外相の実態ではないのか。そもそも、現状が続いたからといって失うほどの外交は、もともと日本には存在しないのだ。
ましてや、外相を更迭される以上に失うべきことが、田中外相にあるというのか?

A『外交体制を立て直し、それによってこそ外務省の改革も実現される。

誰かこれ以上にとぼけた寝言を聞いた人はいるであろうか?外交体制を立て直すことこそが、外務省の改革を実現することだと。この記者は、なにか外務省とつるんでいるのであろうか?いま日本が経済的にこれほどの窮地に陥って、国際社会の中における立場が以前に比べ格段に弱くなっているという事態そのものが、わが国にとって最大の外交問題ではないのか?外務省内で国の多額の税金が私的に流用し食い物にされてきた事実が、日本の財政を破綻間近かに追い込み、国際社会の中における日本の立場を弱くせしめた象徴的な要因の一つであり、ここにメスを入れない限り、外務省の改革はあり得ず、外交体制の建て直しもあり得ない。こう考えるのが、社会人として常識ある人間のものの考え方ではないか?

B『外務省の現状をめぐってメディアの一部にも誤解がある。外務省改革を進める田中外相、拒む野上義二次官以下の事務当局との図式である。それは誤りである。

私は、田中真紀子外相が外相として有能であるなどとは、決して思っていない。同時にそんな有能な大臣が過去にどれだけいたか、という疑問も常に抱いているということを付け加えておくが。記者が指摘するように、田中外相の言動は一貫性を欠く。しかしその言動のすべてを、根拠のない無意味で情緒的なものと切って捨てることは正しくない。
彼女は直観力に優れた政治家である。その直観力で彼女は、4月に実施された自民党総裁予備選において、小泉首相と並んでキャンペンカーの上に立ち、小泉首相への国民の支持を訴えたのである。当時の政局において、何人の政治記者が小泉氏の勝利を予測したであろうか?
記者は、『田中外相は外務省改革をしきりに口にするが、それに向けた具体的な提案は示していない。関心は人事であり、・・』と指摘する。通常「改革」は、人事からスタートするものではなかろうか?日経新聞社が、「日経フォーラム・世界経営者会議」に招いた前GE会長のジャック・ウェルチ氏は、CEOの仕事で最も重要なのは「人事」である、と語っている。この日本では、いつの日からか、不祥事が起こっても、責任者による「その始末をつけるのが自分に課せられた責務だ」などという、国際社会の常識では考えられない”屁理屈”がまかり通ってしまう、不思議な現実が存在してきた。
10月29日の人事課立てこもりの一件の後、翌30日の閣議後の記者会見で田中外相は、秋の園遊会への対応を巡って、「直接担当しているのは人事課で、局長より下の人事はあくまでも閣僚の判断だ」と指摘。また「外務省全体の問題であり、人心の一新が肝要だ」とも語り、同席した小町恭士官房長に直ちに斎木人事課長交代の手続きを進めるよう命じた。同日、外務省の野上義二次官は首相官邸側と対応を協議、斎木課長の更迭を見送る方向で一致した。これでなぜ「進める田中外相、拒む野上次官」という図式は誤りだ、などと記者は言えるのか?

C『ましていまは米国を中心に国際社会がテロとの戦いを進めている非常時である。日本外交が何をなすべきか考え、行動する意味がある時である。

ミクロ的には、記者の指摘は正しい。小泉政権の狙い通りの視点である。マクロ的には全くの誤りである。『いま米国を中心に国際社会がテロとの戦いを進めている非常時である』からこそ、日本は、世界経済をも揺るがしかねないこの日本の脆弱な危機的な経済をまず一番に立て直すことが、この非常時の国際社会において求められていることは明白である。いま日本経済が破綻したら世界経済にどれほどの影響を及ぼし、その結果が国際社会のテロとの戦いにどれほどマイナスの影響を及ぼすかを考えてみたらわかることである。小泉政権が、国内経済運営の行き詰まりを、テロとの戦いにすり替えようとしているのではないかという疑念を、国民は感じ始めている。テロとの戦いにおいて、日本のイージス艦がペルシャ湾に行こうが行くまいが、国際社会から見て、どれほどの違いがあるというのか?それより日本が、テロとの戦いに名を借りて、国内経済の建て直しをなおざりにすることの方を、国際社会はよほど警戒している。小泉政権に、これを許してはならない。

D『園遊会の招待リストの問題は、そんなに重大だろうか。少なくとも人事課長の更迭を求めて外相自身が人事課のかぎを閉めて立てこもるほどの意味があるようには思えない。

私はこの点をはっきりさせてほしい。小泉首相は、なぜ斎木人事課長の更迭を拒否するのか?外相が、人事課のかぎを閉めてまで要求する人事課長の更迭を、小泉首相があくまで拒否する理由は何なのか?この”社説”の記者は、田中外相の更迭云々を取り沙汰する以前に、この点を国民に明確にすべきである。その理由に、正当性はあるのか?
記者の言う『立てこもる意味があるようには思えない』というのは、誤りだ。私のみるところ、小泉首相が斎木人事課長の更迭を拒否するその事実そのものに、この更迭人事の重要性が暗示されていると考える。
小泉首相、斎木人事課長の更迭が、それほど難しいことなのですか?その理由は何ですか?あなたは、田中外相言うところの「人事の一新」なくして、外務省内の意識改革が可能であるとお考えですか?

E『外務省は来週、いわゆるプール金をめぐって幹部らが約1億円を返済し、併せて百人以上の処分を発表する。一つのけじめである。

記者は、何を言いたいのであろう?読者の皆さん、わかりますか?記者は、これで外務省の不祥事を手打ちにしましょう、こう言っているのであろうか?国民は、この外務省が発表した処分内容で、不祥事の始末がついたと納得できるであろうか?答えは「否」であろうと思う。ジャック・ウェルチ氏も、もちろん「人事の一新」なくして評価しないであろう。日経新聞政治部は、卑劣極まりない国民に対する裏切り行為である一連の外務省不祥事を、この処分でうやむやにしてしまうお積りか?もしそうであれば、”社説”が最後に述べている次の文章において、国民の代表である「納税者」面をすることはやめてもらいたい。

外相が主因で機能不全が続く外務省の現状には、私たちは納税者として納得できない。

国民は、「納税者」として、外務省内で国民の税金が私的に流用された一連の不祥事を、今回外務省発表の処分内容で決着させることはできない。
(2001/11/16)
 

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