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<Taka remarks>
田中真紀子氏
「マキコって外相時代なんかしたの?」
先日(4月7日)、日曜午前の人気報道番組「サンデープロジェクト」を見ていたら、驚いた。
かの人気者だった田中真紀子前外相の「秘書疑惑」に関して、「もし疑惑が本当だったら、議員辞職すべきか?」との番組のアンケートに対して、59%の人が「イエス」と答えていた。
ここではただ、59%という数字は、私の予想をはるかに越えるものであったとだけ、コメントさせていただこう。
ところで、その田中マキコさんについては、彼女は言うことだけは威勢いいが、派手に話題を提供していた外務大臣時代、いったいなんか仕事していたの?田中マキコって、いったい外相時代になんかやったの?という素朴な疑問がちまたで溢れているように感じている。
私自身、田中マキコさんを巻き込んで、次々と展開する現実のフォローに追われ、実はこれまで、「マキコって外相時代なんかしたの?」とは、考えてもみなかった。
マジメに考えると、実に新鮮なテーマのような気がしてきて、田中マキコさんの外相時代を私なりの切り口で、ちょっとだけ振り返ってみることにした。
「マキコって外相時代なんかしたの?」という疑問をお持ちの方の、ご期待に添えるかどうか定かではないが、とりあえずご一読ください。
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田中真紀子さんは昨年4月26日、小泉新内閣発足とともに外務大臣に就任した。
当初から意欲的に取り組んだのは、
@外務省内における鈴木宗男議員の影響力の排除。
A元要人外国訪問支援室長松雄克俊によって詐取された外交機密費の実態解明。
の二点であった。
次の文を読むと、この当時のマキコさんを巡る周囲の緊張した状況が、よくおわかりいただけるかと思う。
『真紀子対外務官僚の衝突は、外交機密費に関する資料を見せる、見せないで昨年5月下旬に最初のピークに達した。
真紀子は、外交機密費に関する暴露が「上納問題」として首相官邸を揺るがすことに考えが及ばず、ひたすら幹部の首切りの材料にしようとした。
外務事務次官の川島裕は、飯島首相政務秘書官に近づくのが早道だと考えた。
飯島秘書官も危機感を持っていた。
昨年6月1日秘書官は、川島次官に「機密費の資料を官邸に持ってきてほしい」と要請するとともに、小泉首相の日程を変更し、首相執務室で首相、外相、福田官房長官、川島次官の四者会談を急遽セットした。
小泉首相は、川島次官の持ち込んだ分厚い資料を形だけ数枚目を通し、「これで終わり。打ち止めだ」と宣言した。
真紀子に混乱を収拾させるための手打ちの儀式だった。』
(http://www.sentaku.co.jp/sentaku/bn/culture/2001.html)
ちょっと説明すると、官邸の機密費は、年間約16億円が計上され、これとは別に、外務省が約55億円の外交機密費の三分の一程度を毎年、官邸に供出する。
2002年度予算では、官房機密費、外交機密費それぞれ10%、15%(実質)だけ削減された。
この外交機密費の一部上納という背景から、官邸関係者の間では、首相の外国訪問に先立って外務省の要求があれば、その通りの金額を出すことが慣例になっていたそうだ。
元要人外国訪問支援室長・松雄克俊による官房機密費詐取事件は、こうした状況の下で起ったものである。
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昨年7月、参院選挙を前にした小泉首相の終戦記念日「靖国公式参拝」に固執する発言が、中国、韓国の反発を表面化させ、外交問題に発展してきた。
これを受け、マキコさんは、
B小泉首相に、外相および個人の立場から、思いとどまるように説得。
また新たな元経済局課長補佐小林祐武等によるハイヤー代金詐欺や、デンバー総領事の公金流用疑惑の発覚、および鈴木宗男議員の省内影響力の排除を目指して、
C外務省内の腐敗体質の一掃と、次官更迭を含む幹部職員の人事一新に熱意を燃やした。
ところが、ほぼこの段階で、
(イ)鈴木宗男議員と外務省の「あってはならない異例な状態」にまったく関心がなく、
(ロ)外相の外交機密費の調査が、首相官邸の官房機密費へ波及することを怖れ、
(ハ)自民党総裁選における「日本遺族会」への公約であった8月15日「靖国公式参拝」に対して、外相および個人としてしつこく中止を迫るマキコをウザク感じてきた、
などの理由によって、小泉首相は、田中外相をこの時点でほぼ見限ったようだ。
政界夫婦として小泉総理誕生の生みの親とも言われた田中マキコさんは、小泉首相が参院選に圧勝して間もない昨年8月2日夜、福田官房長官から首相官邸に呼び出された。
そこで、後に自ら「人事について恐ろしい経験をした」と国会の答弁で語ることとなった、柳井俊二氏から加藤良三氏への駐米大使交代の小泉首相指示を受けた。
翌3日には、それでもなお自分が頭に描く「加藤事務次官」に固執する田中大臣のもとを、飯島勲首相政務秘書官が訪れた。
『「何を考えているんですか!国の外交の明日がかかっているんです。省内一致の人事案を直ぐに出しなさい!」
飯島秘書官が待つ外務省大臣室にようやく現れた真紀子外相に、秘書官の大声が飛んだ。
小泉首相の指示を受け、本来はこの日午前中には出来上がっているはずの外相の人事案は、白紙のまま。
飯島秘書官は思わず声を荒げ、席を立った。
秘書官の腕を取り、「待ってください」と必死で止める外務省幹部。
ショックで言葉を失った田中外相の表情はこわばり、外務省関係者によると、一時パニックを起こしていたという。
「後で(言った言わないで)食い違いがあってはいけないから」との飯島氏の提案で、決定した人事案を真紀子外相に自筆で書かせた。』
(http://www.suponichi.co.jp/society/kiji/2001/08/05/01.html)
田中真紀子外相が飯島秘書官に恫喝されて自筆で書いた外務省幹部人事案には、新外務事務次官として首相官邸が強く推す、外務審議官「野上義二」の名前があった。
幹部人事案決定後も険しい表情を崩さずに、田中マキコ外相は、記者団にこう語った。
小泉首相には、「靖国参拝問題について、これ以上申し上げない。」
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その後8月末にかけて、浅川明男・欧州局課長補佐等のホテル代水増し詐欺容疑の捜査過程において、プール金問題が表沙汰になった。マキコさんは、
D外務省内にカビのようにまん延していたプール金の実態と全貌の解明に意欲的に取り組んだ。
野上次官は9月6日、浅川容疑者逮捕を受けての緊急記者会見で、ホテルの水増し発注による裏金のプールが他部局でも「相当数の課」で行われ、省内で以前から裏金作りが慣習となっていたことを認め、次のように語った。
『昔はそういう慣行があった。正直言って、夜勤のお弁当代という感じだ。』
(毎日新聞2001年9月7日朝刊)
10月29日、マキコさんの「人事課ろう城事件」が発生。
E斎木昭隆人事課長を筆頭に、会計、総務、在外公館の官房3課長の更迭に意欲を示した。
連続の不祥事と鈴木宗男議員の影響力の排除を目指すマキコさんは、特に斎木人事課長の更迭に的を絞り、人事課にカギを掛けて立て篭もり、女性職員に辞令を書くよう強要したり、自作の辞令を用意したりするなどの焦りを表面化させた。
『「組織防衛の温床は、人事と会計」。田中外相は10月30日の記者会見で、改めて斎木人事課長更迭の意向を強調。
「事務次官と官房長の決済がいると説明されている」として、「(決済の)書類を下さい。小町さん、お願いします」と、会見に同席した小町恭士官房長に書類提出を求めた。
その後、職員に作らせ印鑑を押した自作の辞令のコピーを、秘書官経由で野上次官に渡した。
野上次官らは官邸を訪れ、福田官房長官らと対応を協議、「書式不備」との理由で受理しないことを決めた。
野上次官は外相の辞令について、「子供銀行(券)だ」と、記者団に苦々しげに語った。』
読者のみなさん、「組織防衛の温床は、人事と会計」と語る田中外相の意見を、どう思われますか?
次の記事は、2002年1月22日の日経新聞朝刊35面に、小さく報道されていたものです。
『沖縄サミットのハイヤー代を水増し請求したとして、詐欺罪に問われた外務省経済局総務参事官室の元事務官・大隅勤被告(38)ら四人の公判が21日、東京地裁で開かれた。
サミット準備局の会計班長を務めていた大隈被告は、上司だった元課長補佐・小林祐武被告(46)から水増しを指示され協力した理由を、「清濁併せ飲めるタイプでなければ、会計業務はできない。もし断れば昇進でマイナスになったと思う」と供述した。
さらに大隈被告は1999年4月、同室の会計庶務班長に就任した際、前任者からプール金の裏帳簿を引き継いだ、と供述した。』
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そして年が明けて、田中マキコさんが最後にやっとひと花咲かせた、アフガン復興支援国際会議の月がやってきた。
F鈴木宗男議員の圧力下にある外務官僚によって、アフガン復興支援国際会議へいったんは拒否されたNGOニ団体の参加を承認させた。
1月28日に開かれた衆院予算委員会における田中外相の答弁から、会議へのNGO二団体参加再許可を巡って、またまた野上次官との緊迫したやりとりを味わっていただこう。
『(1月)21日の朝に重家局長に車から電話して、その時に(局長が鈴木氏の)名前を出して、「いろいろいきさつがある」と言っていた。
その後、野上次官に電話して、「(排除したNGOに)明日は出席してもらいなさい」と言った。
野上次官は、非常に不機嫌になって、「鈴木氏は難しい人だ。前からの経緯もある。鈴木氏のいうことを聞かないということにはいかない」などと言った。
私が「職を賭してやりなさい」と言うと、(野上次官は)「職を賭してとは、誰が言っているのか」と強い調子で言うので、「私です」と言った。』
この問題を巡る小泉首相の認識はどうか?
今度は、1月30日に開かれた参院予算委員会における小泉首相と民主党斎藤つよし議員とのやりとりを味わっていただこう。
『齋藤議員は、3人(田中外相、野上次官、鈴木議運委員長)それぞれの責任と首相の責任を追及。首相は、「外務省内部の問題だと思っていたが、政府、国会全体の問題となってきたので、私の責任と重く受けとめた」と答え、3人の責任には触れなかった。
この答弁に対して齋藤議員は、「NGOをどう認識するのか、どう位置付けるのかは、一外務省の問題ではない」と、さらに厳しく追及した。
首相は、「結果として外務省もNGOと協力していくと言っている」などと、外相兼務を忘れたかのような答弁。齋藤議員は、「この間の真相、すなわちなぜNGOが拒否されたのか、3人の発言がなぜ食い違うのかを明らかにすることが、首相の責任ではないか。
クビをとっただけで済ませようとするのは無責任だ」と迫った。
これに対しても首相は明確に答えず、「結果としてNGOと協力していくことになったからいいではないか」と開き直りの答弁を繰り返した。』
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1月29日夜の11時過ぎ、突然首相官邸に呼び出された田中マキコさんは、小泉首相から「更迭」を言い渡された。
官邸の中にいた時間は、わずか5分であったという。
こうして田中マキコさんの外務大臣としての職務は、約9カ月で終了した。
「マキコって外相時代なんかしたの?」
田中マキコさんが外相時代やったことは、ざっとそういったことだ。
ちょっとだけと思って振り返ってみて、驚いた!
よくまあこれだけのことに手を突っ込んだ・・・というか、後ろからスカートの裾を踏んづけられていたから、単に手をつけただけで終わってしまったものがほとんどではあったが、それにしても見事な中味である。
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@鈴木宗男議員が、外務省とどのように「あってはならない異例な状態」にあったかを、国民は知ってしまった。
マキコさんは、外相就任当初より、鈴木議員の外務省における隠然たる影響力を排除すべく、後にムネオ自身が標的となった省内から飛び出してくる様々な形のリークに耐えながら、ついに最後、これを倒してしまった。
この間、小泉首相がどのような態度を取っていたかは、もう読者のみなさんは、おわかりになったことであろう。
小泉首相は、最後の最後まで、ムネオの排除に関心はなかった。
鈴木議員と外務省の「あってはならない異例な状態」に気がつかなかった、などというとぼけたことは言わさない。
世論が「ムネオ叩き」に湧き返っているのを見て、急遽、外務省の「丸秘指定文書」の解除を通じて、橋本派の(ダーティー)プリンスと言われた鈴木宗男議員のドブへの突き落としに転向した。
マキコさんと小泉首相、いずれが国民の側にあったかは明らかである。
A内閣官房機密費につながる外務省の「外交機密費」の解明においても、誰がマキコさんのスカートの裾を踏んでいたか、明らかである。
マキコさんと小泉首相、いずれが国民の側に立っていたか、おわかりであろう。
すでに昨年6月の段階で、小泉首相はこの問題に「クサイモノニフタ」をしてしまっていたのだ。
折りしもマキコさんは、「政策秘書疑惑」のさ中にあるが、万が一、議員を辞職するようなことになったとき、この機密費問題のウサンクササを表に取り上げることになるかどうか、私にはわからない。
しかし、私に言えることは、そういう立場に立ったとき、マキコさんは必ずや国民の側に立った視点でものごとを判断するに違いない、ということだ。
B小泉首相の「靖国公式参拝」は、日本遺族会や一部の国民の支持を得るものかもしれないが、決して国民すべての支持を得られる行為ではなかったことは明らかだ。
しかも、中国、韓国との外交上の摩擦を引き起こした。
外務大臣としても、一閣僚、一議員としても、マキコさんが小泉首相に思いとどまるように説得したことは、一点の曇りもない正当な行為であった。
これを変に逆恨みするような小泉首相はじめ首相官邸の連中のものの考え方は、歪んでいるとしか思えない。
小泉首相の「靖国参拝」に賛成する国民は別として、それ以外の多数の国民からみて、マキコさんと小泉首相といずれが正しいかは明白であろう。
「靖国参拝」を望まぬ国民にとっては、小泉首相の行為は「背任」にもとる行為であったことを忘れるべきではない。
CDEマキコさんは、外務省の腐敗体質の転換に真摯に取り組もうと試みた。
人事、会計、総務、在外公館の官房四課長の更迭が、その第一歩であった。
ハイヤー代金水増し詐欺事件における大隈元会計班長の供述が、すべてを物語っていると感じる。
そのマキコさんを終始妨害し、外務省の「組織」を守ったのが、野上前外務次官であった。
この男は、小泉首相の「三方一両損」で、マキコさんと相打ちで「更迭」された翌日も、拍手で外務省職員に迎えられ、あたかも凱旋将軍のようであったという。
現実に、いまでも外務省に勤務し、国税を浪費している。
「責任は、果たさず、執らず、省みず」の傲慢・無責任行政の典型である。
小泉首相と福田官房長官は、官房機密費で、この男になんらかの「負い目」があるのであろうか?
FNGOニ団体のアフガン復興支援会議への参加再許可に端を発して、ついにマキコさんの宿敵鈴木宗男議員は、自民党離党にまで追い込まれた。
もしあの時、外務大臣が別人であったなら、日本は湾岸危機のときと同様に、多額の援助をしながら支援組織の中心であるNGO団体を復興会議から排除した可変しな国という汚名を受けるだけで終わっていたかもしれない。
鈴木議員は、未だに隠然たる力を外務省に及ぼしていたに違いない。
小泉首相は、予算委員会での答弁で明らかなように、まったく鈴木議員に関心がなかったのが明白だ。
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田中マキコ外相の9カ月を通じて、国民の側に立っていたのはマキコさんその人であり、常にそのスカートの裾を後ろで踏んづけていたのが、小泉首相その人であった。
(2002/04/12)
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