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<Taka remarks>
辻元清美氏
「ええかげんにせーよ」
ミチヅレニシタルデ
1960年4月28日奈良県生まれ、大阪育ち。41歳。身長165cm、体重51kg。
1983年9月、早稲田大学教育学部在学中、民間国際交流団体「ピースボート」を設立。
交流や援助活動で延べ2万人の若者を組織して60カ国以上を訪問。
1987年3月、早稲田大学教育学部卒業。
1992年6月、国連地球サミット(ブラジル)にNGO代表として参加。
1993年、エイボン女性大賞教育賞を受賞。
1995年、阪神・淡路大震災時には、ボランティア・コーディネーターとして活動。
1996年10月、土井たか子党首の要請で近畿ブロック比例代表から立候補し、衆院初当選。
2000年6月、激戦の小選挙区(大阪10区)を勝ち抜き、衆院2期目の当選。
同年7月、社民党政策審議会長。
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もしも彼女が次の言葉を喋っていなかったら、私は辻元清美さんを、どこまでも応援したかもしれない。
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インタビュアーの「ということは、北朝鮮とも早期に国交正常化をするということでしょうか。拉致問題などもありますが?」との質問に応えて、辻元さんはこう語った。
『やった方がいいでしょう。力だけで押そうとしても、解決しないと思うからです。まずは国交正常化して、正式な話し合いのチャンネルを作り、その中で解決していく方が可能性は高いと思う。
拉致問題というのは、これまでにも世界のいろいろなところで起きているんです。日本人は、北朝鮮というと特殊な国と思ってしまうけれど、たとえば中南米などにも軍事独裁政権でもっとテロっぽい国家があったし、アフリカにも危険な独裁政権はあった。
そういうときに国際社会はどうしたかというと、その国家ときちんとコミュニケーションをとる中で包囲し、民主化を促し正していくことをやってきました。北朝鮮も、国際的に孤立させてはいけない。国際社会の一員にうまくインプットしていくことで、北朝鮮の社会をも変えながら拉致問題を解決していかないと。
こういうことを弱腰だと言う人に言いたいのは、「声高に非難して帰ってくるんですか、道が開けるんですか?」ということ。国交正常化の中では、戦後補償が出てくるでしょう。日本は、かって朝鮮半島を植民地にして言葉まで奪ったことに対して、北朝鮮には補償も何もしていないのだから、あたり前の話です。そのこととセットせずに、「9人、10人返せ!」ばかり言ってもフェアじゃないと思います。』
(http://www.cafeglobe.com/special/01_nov/girls/g011112.html)
長文の引用になってしまったが、すべて引用しないと辻元さんの意見の趣旨を、読者のみなさんに伝えられないので致し方ない。
この長文の引用の最後のワンセンテンスに至るまでは、彼女の論理は理路整然として、実に納得がいくものである。
たった最後のワンセンテンスで、それまでのすべての説得力ある彼女の理論が、完全に覆ってしまった。
『そのこととセットせずに、「9人、10人返せ!」ばかり言ってもフェアじゃないと思います。』
あたかも辻元議員の今回の運命と波長を合わせるかのような、最終盤の大反転であった。
戦後補償の問題と拉致問題を、セットにしてはいけない。
拉致された人々を「返せ!」ということは、当然過ぎる当然の要求であって、辻元議員の「フェアじゃない」という発言は、彼女の北朝鮮びいきを白日の下に曝す言葉となった。
これは、「残念である」というような言葉で庇うことのできない、辻元議員の心奥の世界観を表現しているものであろうと思う。
この一言のみをもって、私は、辻元議員を支持することはできない。
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辻元事件の焦点となった「政策秘書」とは、何か?
<政策秘書> 国会議員の政策立案能力を高める目的で1993年に創設された特別職の国家公務員で、各国会議員が一人採用できる。
毎年一回、国が実施する資格試験の合格者のほか、公設秘書歴10年以上か、公設秘書歴5年以上で政党職員や私設秘書など他の在職期間と合わせて10年以上の者などを対象に研修を行なった上で資格を付与している。現在、登録者は2070人。
国会議員は政策秘書のほか、公設第一、第二秘書を国費で雇える。公設第一、第二秘書も特別職の国家公務員だが、資格試験はない。議員の日程調整や資金集め、後援会活動などに従事し、配偶者や親族が就く場合が多い。給与水準は政策秘書の方が公設秘書よりも高く、月額で約45万〜68万円。
政策秘書は政策立案が本来の業務だが、雑用などに携わることも多い。単なる名義だけのケースもあり、2001年6月には政策秘書給与を詐取したなどの詐欺罪に問われた山本譲司元衆院議員(当時民主党)の実刑が確定した。
ー日経新聞2002年3月23日朝刊2面よりー
3月25日の日経新聞朝刊2面が、公設秘書の”あいまいさ”と各政党の”とまどい”をよく表わした次の記事を報道した。
『社民党の辻元清美政審会長の秘書給与不正受給疑惑をめぐり、与野党幹部は24日の一連のテレビ番組で公設秘書の給与の議員事務所への寄付が慣行として行なわれ、私設秘書の人件費や政党、議員事務所の活動費に充てられてきたことを明らかにした。
民主党の菅直人幹事長は「一般的に野党は潤沢な政治資金はない。多くの事務所で公設の人のある部分を寄付してもらって、私設秘書の穴埋めをする。そういうことが比較的行なわれてきたことがある」と述べ、公設秘書と私設秘書の給与を同水準に保つために、公設秘書が給与を寄付する慣行を紹介した。
社民党の福島瑞穂幹事長も「一年間、(政策と第一)秘書二人から50万円ずつ集め、計百万円を第二秘書に払った」と自らのケースを語った。
共産党の筆坂秀世書記局長代行は「実質カンパしてもらい、国会議員団全体の調査活動を賄っている」と述べ、寄付を党の活動費に活用していると説明した。
自民党の山崎拓幹事長も「最初は私の給与も含めて運営費に使っていたことは事実」として、初当選直後は公設秘書の給与の一部を議員事務所の運営経費に充てていたことを明言した。
現在、私設秘書の給料や事務所維持など議院活動には少なくとも年間4千万〜5千万円程度がかかるとされる。議員歳費などで賄うのは難しく、若手議員にとっては秘書の給与からの寄付で活動資金を確保するという慣行があるのは事実だ。』
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一夜明けた26日の日経朝刊3面はまた、自民党の違った切り口を報道した。
『自民党の町村信孝幹事長代理は25日、都内で講演し「給料のうち5万円を(辻元氏の元政策秘書の)辺見真佐子氏に渡し、残りをギャンブルに使おうが政治活動に使おうが詐欺罪の構成要件には何も関係ない」と指摘。秘書給与の私的流用はなかったと弁明する辻元氏は詐欺罪にあたるとして、厳しく追及する姿勢を鮮明にした。』
町村幹事長代理は、自民党が辻元疑惑の解明追求のために発足させた調査チームの責任者でもある。
私は、この町村幹事長代理に問いたい。
政策秘書の給与1千万円のうち、辻元議員のように5万円だけその政策秘書に渡し、残りを私設秘書の人件費等へ流用したケースと、1千万円のうちの5百万円を政策秘書に渡し、残り5百万円を流用したケースと、詐欺罪の構成要件として違いがあるのであろうか?
金額には違いはあれど、詐欺罪の構成要件としては、違いはなさそうな気がするが。
もし、違いがないということであれば、この町村幹事長代理というのは、かなりとぼけた男と言わざるを得まい。
上述のとおり、各党みな一部流用は慣行であると認めていることをご存知ないか?
辻元議員を調べるのも結構だが、自民党内にたった一人でも問題ある議員がいないかどうか、よ〜く調べる方が先ではないのか?週刊誌は、”週刊新潮”だけではないのだから。
もっとも町村氏のように強気な議員は、おそらく自民党内でもわずかであろう。
同記事の中には、『税金でまかなわれる政策・公設秘書の給与を事務所経費などに流用することは、「半ば慣行化している」との指摘もある』との表現も見られる。
『「政策秘書に関する極めて緩やかな規定が、政策秘書の「名義貸し」など制度の悪用を横行させる温床になっている」との認識は、与野党に共通している』との指摘もあった。
辻元議員の場合、政治資金規正法に基づき義務付けられている、政策秘書から還流させた部分の金額の申告漏れおよび量的規制超過という違法な点があったことは明白である。
このあたりで、2000年9月4日に詐欺容疑で東京地検特捜部により逮捕され、2001年2月に東京地裁において懲役1年6カ月の実刑判決を受けた、民主党の山本譲司衆院議員(当時)のケースを取り上げ、比較してみたい。
似ているといえばよく似ているし、違っている部分もあるようだ。
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山本譲司議員は、旧民主党から衆院選に立候補し初当選した後の1996年11月、別の議員の公設秘書をしていた女性を「名義貸し」だけの政策秘書として雇用し、1997年1月から1999年9月までの間に約2360万円を詐取、一部を私的な生活費にも使っていたという。
この時点で私は、二つの点についてリマインドしておきたい。
まず一点は、辻元議員と山本議員が政策秘書を雇用していた時期である。
山本議員は、1997年1月〜1999年9月。
辻元議員は、1997年4月〜1998年12月。
まさに同時期である。しかも、山本議員が逮捕されたのは、2000年9月である。
要するに、辻元議員が辺見真佐子氏に政策秘書を依頼していた時期というのは、おそらく自民党議員も含めかなりの数の議員が、同様のことをやっていたに違いないと推測できる点である。
もう一点は、しからばなぜ、沢山の議員が同様のことを「慣行」としてやっていた時期であるにもかかわらず、辻元議員一人が、”週刊新潮”という週刊誌に狙い撃ちされたのか、ということである。
本事件は、日経新聞においては3月20日の朝刊の社会(39)面において、初めて取り上げられた。
『20日発売の”週刊新潮”が、社民党の辻元清美衆院議員が事務所の政策秘書の給与を詐取していた疑いがあると指摘していることが19日分かった。
辻元議員は同日夜、この記事について「政策秘書として実際に勤務していた。給与は全額、渡してある」と説明。詳細については「記事を読んでから答えたい」と具体的な言及を避けた。20日午前に記者会見し、問題に答えるとしている。
同誌によると、辻元議員は1997年4月から98年12月にかけ、照屋寛徳参院議員(現在は引退)の私設秘書を自らの政策秘書として登録。ただ照屋氏の秘書は辻元議員の事務所には出勤せず、照屋事務所に引き続き勤務、給与も照屋事務所から受け取っていた。
辻元議員は「名義料」として月5万円を支払い、政策秘書としての給与の大半である1500万円を詐取していた疑いがあるとしている。』
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私は、北朝鮮の拉致問題について、『そのこととセットせずに、「9人、10人返せ!」ばかり言ってもフェアじゃないと思います』と言った辻元議員を、支持することはできない。
にもかかわらず、私は、今般の事件における辻元議員の「悔しさ」の胸中が、痛いほどよくわかる。
彼女のその「悔しさ」の大半が、上述の”週刊新潮”の記事にあることは間違いなかろう。
”週刊新潮”は、なぜ、対象となり得たであろう数ある議員の中から、辻元議員を狙い撃ちしたのか?
”週刊新潮”は、なぜ、このタイミングで記事を載せてきたのか?
辻元議員が政策秘書を雇用していたのは、上述のとおり、1997年4月〜1998年12月である。
政治資金規正法に至っては、時効が成立しようかというほどの遅すぎるタイミングである。
世間の一般庶民の中で、”週刊新潮”のこの記事が、地道な調査の結果としてたまたまタイミングよく立証され発表されただけのことだ、などと信じる者は少なかろう。
何者かが辻元議員ただ一人を貶めるために、この絶好のタイミングで、”週刊新潮”にネタを提供したのである。
私は、それを、一種の「政治的テロ行為」と呼ぶ。
辻元議員は、それが「悔しい」のだ。誰だって、自分がそれをやられたら悔しかろう。
姿を見せぬそのテロリストに、「卑怯者!」と罵ってやりたくもなるだろう。
この話は、辻元議員のやったことが「悪い」ことであったかどうかとはまったく別個の、由々しい問題である。
もしも、この裏情報の提供が自民党関係者の手によって為されたものであったならば、その行為の「重み」は、辻元議員の「政策秘書給与の流用」の比ではないことを、国民はしかと噛みしめるべきである。
それは、一種の「政治テロ」なのだ!
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この問題を考えるとき、どうしても私の頭をよぎるものは、鈴木宗男議員が追い詰められるに至った過程で、外務省から次々と飛び出した「丸秘指定解除」文書のことである。
そもそも2月20日、鈴木議員が衆院予算委員会に参考人招致された際、質問に立った共産党の佐々木憲昭議員が振りかざした一枚のメモ、これもまた外務省より流出した「丸秘無期限」文書であった。
このメモが、その後の鈴木議員追求の足掛かりとなった重要な役割を果たし、これ以降外務省から出てきた「丸秘指定解除」文書のうちの「北方領土返還無益発言」記録文書が、彼に致命傷を負わせる結果となったことは、読者のみなさんよくご存知のことと思う。
外務省から飛び出した「丸秘無期限」あるいは「丸秘指定解除」文書は、さながら呆然として無防備な鈴木議員に打ち込まれた弾丸のようであった。
「丸秘無期限」文書とは、それほど簡単に「丸秘指定解除」されるものなのであろうか?
外務官僚の恣意により、簡単に「丸秘無期限」が指定されたり、解除されるのは、決して好ましいことではない。
鈴木議員がらみの「丸秘指定解除」は、田中外相更迭後、混迷を深めてきた鈴木問題が川口新外相の手に負えないと見て直接陣頭指揮に乗り出してきた小泉首相の裁断によるものであったことは間違いない。
世論においてダーティーのイメージが定着し、かつ橋本派のプリンス扱いであった鈴木宗男議員を追い落とすことは、小泉首相にとってダブルの成功を意味するものであった。
外務省からムネオの胸板目掛けて打ち出された紙弾丸が、小泉首相の指揮下にあったことは、自民党内では常識であろう。
実は、本日27日の時事通信が、次のような興味深いニュースを流していた。
『自由党の平野貞夫氏は27日午後の参院予算委員会で、小泉首相が今月1日夜にマスコミ関係者と会食した際、鈴木宗男議員について「早く消えてなくなればいい」などと発言したのではないかと追求した』そうだ。
これに対し首相は『「全くうそだ」と前面否定した』そうだが、真実に違いない。
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この問題はさらに私の思考を、小泉首相政務秘書官・飯島勲氏率いるところの小泉メディア戦略へと誘う。
飯島秘書官は、様々な方法を駆使してメディアの小泉政権、特に小泉首相個人に対する報道を誘導し、結果として小泉内閣に対する異常に高い支持率の現出を演出している。
さらにメディアに対しては、そういう演出をしていること自体に関する報道を控えるように働きかけている。
先頃、小泉首相は新たに、党国家戦略本部の名を借りて、「政」と「官」の関係に関する「緊急提言」を行なわしめた。
ひと口に言って、他の政治家の官僚への接近に歯止めを掛けることで、官僚の力を内閣・・というよりは首相たる小泉純一郎に独占させようとする意図に基づくものである。
もしもこの提言が実現化したら、メディアと官僚を支配し、政敵をいつでもメディアを利用した「政治的テロ行為」で抹殺する力を具えた、恐るべき「小泉独裁政権」が誕生するであろう。
これは、私の深読みでもなんでもない。政治とは、かように泥臭く、陰湿なものだ。
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現実にいわゆるテロと呼ばれる行為は、一発の銃弾で、一人の有為の政治家を倒す。
日本の大正・昭和史が、それらの「政治テロ」により次々と有為な政治家が失われた結果として、必敗の第二次世界大戦へと導かれていったとする歴史認識は、私は概ね正しいと考えている。
今回、辻元議員に対して為されたようなメディアを媒介とする「政治的テロ行為」を国民が黙認するならば、日本の未来はないと言って過言ではない。
国会での代表質問で、巨悪を相手に戦いを挑むような人物が、もはや現れなくなる懸念がある。
3月26日夜、辻元議員は記者会見して、衆院議員を辞職することを発表した。
この前日テレビ出演した辻元さんは、「なんとしても悔しい!このままでは終わりたくない」との本音をテレビ・カメラにぶつけていた。「鈴木宗男、加藤紘一両議員をミチズレにしたい」との爆弾宣言もした。
さらに遡れば24日の日曜午前、10チャンの人気番組「サンデープロジェクト」で、司会の田原総一郎氏は辻元議員にこう言った。
「あなたがもしその気になれば、国会は大混乱に陥るに違いない。へたすれば、小泉内閣が吹っ飛ぶかもしれない」こう言っていた。
一方、自党の社民党をはじめ全政党とマスメディアは、辻元議員のそのような考え方を、真っ向から不見識として否定した。
自らの進退を決する前に、他議員のことを持ち出すことは非常識である、という見解である。
一見、まともそうな見解だ。
しかし、もし辻元議員が先に議員辞職をして、残った鈴木、加藤両議員が居残ったらどうなるんだ?
結局、人の噂も七十五日ということで、居残った者勝ちという結末になったら、辻元議員だけ刺されて辞職しただけの「一方損」で終わってしまう。
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辻元議員は、潔く辞職を決意した。
自民党は予想通り、鈴木、加藤両議員の場合は辻元議員とは状況が異なると主張し、両議員の辞職を受け入れる気配はない。
政治とは、かように泥臭く、陰湿なものだ。
NGOという雑草のような環境で活動してきた辻元議員は、政治の陰湿さはよく心得ていた。
だからこそ、「鈴木、加藤両議員をミチズレに」というような「自爆テロ」発言につながった。
しかし、マスメディアと世論に押された辻元議員は、「へたすれば小泉内閣も吹っ飛ぶ」と田原総一郎に言われたその武器を使用する舞台に上がることなく、土俵を降りてしまった。
解散総選挙をもっとも恐れる社民党はじめとする野党各党は、今後も、小泉内閣が吹っ飛ばないようオソルオソルの対応を続けるであろう。
そして永田町は、今日も明日も「猿芝居」を続けて行く。
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『そのこととセットせずに、「9人、10人返せ!」ばかり言ってもフェアじゃないと思います』と言った辻元議員を、私は支持することはできない。
しかし、それはそれ、これはこれである。
辻元議員に代わって、鈴木宗男、加藤紘一両議員にきっちり潔い身の処し方を迫るのは、辻元議員から国民に課せられた宿題となった。
綺麗事を押し付けて辻元議員を辞職に追いやったあと、いつまでも鈴木、加藤両議員を議員のままに置いといては、マスメディアも国民も寝覚めが悪かろう。
いま注目されているのは、他でもない、あなたなのだ!
(2002/03/27)
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「辻元疑惑」
上記コメントを27日にアップデイトした後、29日深夜にヤフー掲示板で、ある人から情報をいただいた。
リンクしてあったホームページを見て、まさしく驚愕した。
「事実は、小説より奇なり」というが、まさにそれではないかと思った。
私は当初のコメントを流すにあたって、”週刊新潮”へネタを提供した人物は、自民党関係者だとばかり推測していた。
従って、上記コメントを読んだ方々は、読み進みながらおそらく同様の感触を得たに違いないと思っている。
しかし、上述のホームページと、そのホームページの作者が投稿した2ちゃんの掲示板を読んだ後、私は、”週刊新潮”へ「辻元疑惑」のネタを提供した人物は、そのホームページの作者に違いないと確信している。
その人物が、辻元前議員を刺したとするならば、本事件の読み方もかなり違ったものとならざるを得ない。
まず一番に違ってくることは、”週刊新潮”がこの「辻元疑惑」に焦点を当てた真の目的についての読みである。
自民党関係者がネタを流したに違いないと推測していた当初は、”週刊新潮”の目的は、辻元前議員一人を狙い撃ちにして貶めようとするものと考えていた。
それを私は、メディアを利用した「政治的テロ行為」と呼び、危険で許せない行為と考えた。
しかし、ネタの提供者が別人であると確信したいま、”週刊新潮”の記事は、メディアとして流して当然の記事であったと考えている。
確かに”週刊新潮”が流した「辻元疑惑」は、「政策秘書疑惑」であった。
「政策秘書疑惑」は、辻元前議員の専売特許ではない。
おそらく、彼女が対象とされた時期には、与野党を問わず、同様のことをしていた他の多くの議員がいたに違いない。
”週刊新潮”の記事は、政策秘書問題からアプローチしたが、その真の追及目標は、辻元前議員の「北朝鮮・赤軍派疑惑」にあると、私はいま推測している。
もしそうであれば、その疑惑は決して一般議員に拡がる疑惑ではあり得ない。
辻元さん個人の「疑惑」であり、国会議員という立場にあった辻元さんが、マスメディアの追求を避けて通れなかった「疑惑」であった。
ある意味で、「女の怖さ」を感じさせる辻元疑惑の情報提供者「安東尚美」という人物にはまったく共感は覚えないが、辻元さんが議員という立場にあった時期の「北朝鮮・赤軍派疑惑」を追求しようという”週刊新潮”の報道姿勢には、十分共感できる。
http://www.naomi-ando.com
(2002/03/31)
続編:「刺したのは、WHO?」
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