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<Taka remarks>
速水優氏
「日経新聞に誤報させた男」
日経新聞第1面トップを飾った特報記事が誤報であった・・・などということは、そうざらにあることではない。
しかし4月28日に、それが起こった。
その日の朝、私は同日の日経新聞の朝刊を開いて、”そんなことがあり得るのか?”とその記事に食い入った。第1面トップに、活字が大きく「日銀速水総裁、来月にも辞任」と報じている。
『日本銀行の速水優総裁は2003年3月の任期を2年近く残し、早ければ5月に辞任する意向を固めた。3月に満76歳を迎え、頻繁な海外出張など激務を続けることへの体力面での不安も感じていることもあり、小泉純一郎新政権の誕生を機に後進に道を譲る。後任は前日銀副総裁の福井俊彦富士通総研理事長(65)が有力となっている。同氏は現在金融審議会(首相らの諮問機関)の部会長を務め、26日には経済同友会の副代表幹事にも就任した。金融政策や国際金融に精通していることから、速水総裁が後任に推している。』
これまでに何度となくあった政府、自民党サイドからの罷免あるいは辞任勧告にあたっても、「健康が許す限り、2003年3月の任期いっぱい務める。」速水総裁は、自らの進退についてこう繰り返してきた。彼は、金融政策に関しても、自分の考えが最善であると信じており、過去に自らが手掛けた金融政策に過ちがあったなどということは、夢にも考えない(正しくは考えたくない)タイプの人物である。彼にとってみれば、自らの金融政策に誤りがない以上、「健康が許す限り」任期をまっとうすることは当然のことで、それに関してとやかく言われるのは心外だということになる。
なんでここにきて突然辞任しなければならないのか?彼の意固地で神経質な性格を知る人間にとっては、”まさか?”という、日経新聞の特報であった。
『日銀法では総裁は内閣が衆参両院の同意を得て任命する。速水総裁は4月初めに宮沢喜一前財務相らに辞意を伝え、後任の人選などを打診したが、政局混迷で調整を中断。新政権発足後に改めて協議することにしていた。速水総裁はワシントンでの7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議から帰国した後、小泉純一郎首相らに辞意を正式に伝えるとみられる。改革を掲げる小泉政権が発足、かねて主張していた経済の構造改革への道筋がついてきたのを機に、退任の意向を固めた。』
読み進んでみると、あまりに話が細部にまで行き渡っているので、”ほんとかな?”という気になってしまう。ただ最後に次の文章が出てきたので、またまた私の疑念の黒雲がモクモクと湧き起こった。
『速水総裁は27日、G7会議出席のため訪れたワシントンのダレス国際空港で、辞意を固めたのかとの質問に対し確答を避けた。』
煮詰まった話であれば、速水総裁が「確答を避ける」わけがない。彼は、”イエス”と言わなかった。これは、彼の性格から”ノー”を意味する。「日経新聞」対「速水優」という、どちらが勝っても負けても傷がつく、たいへんな勝負となった。
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同日の日経新聞夕刊2面で、27日付ワシントン美濃地秀起記者のレポートが伝えられている。
『日銀の速水優総裁は27日午後(日本時間28日未明)、G7財務相・中央銀行総裁会議出席のために訪れたワシントンで、辞任報道について「なぜそうした報道がなされたのか、まったく理解できないところである。健康が許すかぎり、任期を務めたいという気持ちに変わりはない」との談話を書面で発表した。
速水総裁はダレス国際空港で報道関係者に「なぜそのような報道が出るのかわからない」と硬い面持ちで語った後、迎えの乗用車に乗り込んだ。』
日経新聞28日朝刊第1面トップ記事”速水総裁、来月にも辞任”は、勇み足だったか?
積み上がった”日本の長い影”問題貸出先あて融資150兆円に対して相応の責任がある前日銀総裁三重野氏に続いて、FRBのレポートで”これで日本の景気回復の流れは失われた”と言わしめた(Taka watches/2001/03/20(M-1)) 昨年8月のゼロ金利政策の解除を率先主導した現速水日銀総裁と、なぜこうも我が国は人材に得まれないのか?正しく田勢編集委員のいう”指導者の劣化が国を滅ぼす”(
Taka watches/2001/03/11(M-1)の一例であろう。
28日夕刊2面には、自由党の小沢一郎党首が同日午前岩手県水沢市で開かれた後援会会合で講演した記事が報じられた。
『(小沢氏は)日銀の速水優総裁が任期を残して辞任する意向を固めたことに関して、「健康状態が悪いから辞めるのではない。経済、財政、金融の運営について的確な対処方法が政府・日銀になく、行き詰まったからだ」と批判した。小沢氏は27日夜に日銀の金融政策決定会合のメンバーの一人と会談したことを明らかにしたうえで「日本経済は考えている以上に深刻だ」と指摘した。』
5月2日付朝刊5面には、『塩川正十郎財務相が1日、日本経済新聞記者に対し、辞任の意向を固めた速水日銀総裁の有力な後任候補とみられている福井俊彦富士通総研理事長(前日銀副総裁)について「一般論として(総裁に)適任者だと思う」と述べた』との記事が報じられた。
同記事はまた、『塩川財務相は同日夜の民放テレビ番組に出演、速水総裁に対し引き続き職務を続けるよう慰留したことを明らかにした。両氏が、先月28日開かれたG7財務相・中央銀行総裁会議出席のために米ワシントンを訪れた際、速水総裁が「前に健康を悪くして進退を考えたことがあったが、今は何とか元気だ」と述べ、塩川氏は「それならば、今は大事な時だから引き続きやったらどうか」と語った』とも報じた。
確かに79歳の塩川氏が、76歳の速水氏に、年齢やら体力やらを理由にやめてはどうかとは言い辛かろう。問題は、今もっとも重大な責務を負うべき財務相という要職に、なぜ79歳の人物が選ばれたのかという点であろう。小泉首相と同じ、森派だから?慶大出身だから?他に人材がいなかったから?・・・
いずれにせよ、これを境に日経新聞社は、世紀の(?)誤報からの密かなる撤収作戦に取りかかったのではあるが、大新聞社としての面子もあり、まだまだ紆余曲折は続いた。
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さっそく2日付夕刊2面の”ダイジェスト”コラムに、次の記事が小さく掲載された。
『福田康夫官房長官は2日午前の記者会見で、日銀の速水優総裁が辞意を固めたことについて「本人から話を聞いたことはない。(ワシントンからの)昨日の帰国後、何の連絡もないので報道だけで済むのではないかと思う」と述べた。これに関連して、小泉純一郎首相の周辺は同日朝、連休明けに速水総裁が首相と進退問題について話し合うとの観測を否定した。』
5月6日になって日経新聞は朝刊6面で、”速水・日銀総裁/進退問題鳴り静める”と題する記事をコラムで報じ、誤報を薄めるのに苦心の様子がうかがえた。次の記事を、4月28日に第1面トップで特報した記事と是非比べていただきたい。
『先月末に表面化した速水優日銀総裁の進退問題に、政府・日銀が鳴りを静めている。塩川正十郎財務相がひとまず慰留、速水総裁も辞意を否定している。実際には速水氏は体力面の不安を理由に早期退任を探り続けているもようだが、政権交代や新日銀法下の人事、総裁の途中辞任という異例ずくめの環境が展開を難しくしている。
森前政権に辞意を伝えていた速水総裁は訪米中に、「健康が許す限り任期を全うしたい」と表向き辞意を否定。塩川財務相は「引き続き頑張ったらどうか」と慰留したという。だが政府・日銀の複数の関係者は「火のないところに煙は立たない」などと述べ、総裁に早期辞任の意思があることを示唆している。速水総裁の交代人事には、予測が難しい「変数」が絡み合う。構造改革を掲げる小泉新政権にとって、金融政策は重要なポイント。新総裁にだれを充てるかの人選は、新政権の命脈にもかかわってくる。政府が動きづらいのは、新日銀法の下での初の総裁人事という事情もある。(省略)速水総裁が任期途中という問題もある。人事の空白を避けるため、総裁にメドが付かない限り速水総裁自身、表立って退任を言い出せない。日銀総裁は政権交代時に新首相を表敬するのが慣例。早ければ今週後半に、小泉・速水会談が実現する可能性がある。衆人環視の中で進める総裁人事は至難の業となりそうだ。』
ちょっと長い引用となってしまい恐縮であるが、そこかしこで4月28日報道の記事と食い違っている(正確には食い違わしている)点を、よく味わっていただきたい。日経新聞担当者の苦心が垣間見られよう。
9日に至って、日経新聞の記事に”速水総裁辞任なし”とするニュアンスが色濃く出始めた。もちろん意識的にである。9日朝刊5面は、『森前政権に対して一時、辞意を伝えていた速水優日銀総裁の進退問題が当面凍結される見通しとなった。政府・日銀の複数の関係者が8日明らかにした。小泉政権が発足間もない時期だけに、速水総裁の任期中交代を急げば、政策運営に混乱を招きかねないとの判断があるとみられる。(省略)速水氏は政権交代時に恒例となっている日銀総裁としての小泉純一郎首相への個別訪問は見送り、日銀総裁がメンバーとなっている11日の月例経済報告関係閣僚会議で顔合わせする見通しだ。辞意の理由となっていた速水氏の健康問題について、同氏周辺は「日銀が量的緩和を決定した3月時点では調子が悪かったが、いまは回復している」と説明している。』と伝えた。
そして12日の朝刊5面は、『日銀の速水優総裁は11日、月例経済報告関係閣僚会議に出席し、政権交代後はじめて小泉純一郎首相にあいさつをした。首相に「健康に留意して頑張ってください」と声を掛けられ、「頑張りましょう」と答えた。会議後、記者団に対しても「いつも言っているように、健康が許す限り頑張る」と改めて述べた。健康状態について速水総裁は「この顔を見てください」と記者団に述べ、笑顔を見せた』と報じた。
22日日銀本店での速水優日銀総裁の記者会見を報じた23日付朝刊5面の記事をもって、日経新聞社は、この世紀の(?)誤報の幕をソロリと下ろしたようだ。
『進退問題が表面化している日銀の速水優総裁は「大事なときなので一生懸命頑張りたい」と述べつつ、2003年3月まである任期を全うするかどうかについては「わからない」と明言を避けた。辞意の理由とされる健康問題については「いま極めて良好だ」としたうえで、参院選後の辞任観測に関しても「そういう考えはない」と語った。
速水総裁は塩川正十郎財務相が自身よりも3歳年上であることを引き合いに出し、「ああいう方を見ているとまだまだやれるという感じがする」と語った。小泉純一郎首相には11日の月例経済報告関係閣僚会議後にはじめてあいさつし、「健康に留意して頑張って下さい」と超えを掛けられたと説明した。構造改革に前向きな新政権の姿勢を評価するとともに「(改革案は)早期に具体化されることが必要だ」と述べた。』
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「日経新聞」対「速水優」の対決は、速水氏の完勝に終わったようだ。上記を一読された読者はお分かりと思うが、速水日銀総裁の考えは、「健康が許す限り、任期を全うする」ということで一貫している。昨年8月のゼロ金利政策解除を覆す今年3月の屈辱の金融緩和策への復帰に際しては、多少調子が悪くて進退を考えた時期もあったようであるが、それはまあ言ってみれば子供の知恵熱か登校拒否の如きもので、3歳年長の塩川正十郎財務相から「いまは大事な時だから、引き続きやったらどうか」などと優しい言葉を掛けられれば直ぐにも立ち直って元気になる類のものであった。
この世紀の(?)誤報が掲載されたのは4月28日付朝刊であったが、G7財務相・中央銀行総裁会議が開かれた同日のワシントンの地で、79歳の塩川正十郎財務相が、76歳の速水優日銀総裁に優しい言葉を掛けた瞬間に、この興味深い対決における「日経新聞」の敗北は決定していたのであった。
日経新聞第1面トップを飾った特報記事が誤報であった・・・などということは、そうざらにあることではない。
しかし相手が速水優氏ということであれば、そのようなことが起きても不思議に肯けてしまうのである。
(2001/08/29)