<Taka remarks>
小泉純一郎氏 「信なくば立たず/やってから考える」
「長嶋茂雄」と小泉首相
DATE・・・・2001/09/29(M-37)
記者 ・・・・スポーツライター 浜田昭八
TITLE ・・・「長嶋ブランドの悲劇」
評価 ・・・・Recommend!
ついに日本最後のバブル、長嶋茂雄もはじけた。
9月29日の日経新聞朝刊は、「ミスタープロ野球」巨人の長嶋茂雄監督(65)が今季限りで辞任することが28日決まった、と報道した。この永久不滅監督がなぜ辞任するに至ったかについては、この報道が、第1面ではなく、37(スポーツ)面、39(社会)面のみで取り上げられていたことそのものが、象徴的であるかもしれない。
浜田氏の”長嶋評”を、いくつかピックアップしてみよう。
@(ナンバーワンプレーヤーとしての)残像を背負ったまま、ナンバーワン監督として奉られたところに悲劇があった。
→クリーンで、新鮮で、改革派というイメージを背負ったまま、いきなり国民の80%の支持率を得たナンバーワン首相として奉られたところに悲劇があった。
浜田氏が言っているのは、ナンバーワンのプレーヤーだからといって、必ずしもナンバーワンの監督としての資質があるとは限らない、ということだけではない。問題は、ナンバーワンの選手必ずしもナンバーワン監督ではないにもかかわらず、国民あるいはMass Mediaの側で、そう見なして奉ってしまう。長嶋氏側から言えば、そう見なされて奉られてしまう。そこに、奉った国民と奉られた長嶋氏自身両サイドにとっての悲劇がある、浜田氏は、そう言っているのであろう。
小泉氏は、国会議員としては、身辺が清潔で、郵政民営化を持論とする改革派という、国民から見ればまことに好ましいイメージを有していた。しかしだからといって、首相としての充分な資質があるかどうかは別物である。もちろん、中には当然、ナンバーワン選手でもあり、ナンバーワン監督にもなったという人々もいるに違いない。浜田氏は、資質があるかないか分からないにもかかわらず、国民あるいはMass Mediaから奉られてしまうのが悲劇だ、とこう言っている。小泉氏も、首相としての資質があるかどうか未知数であるにもかかわらず、国民およびMass Mediaからは、資質があるものとして奉られてしまっている。これは、長嶋型の悲劇が、国民および小泉氏自身にもたらされるのに充分過ぎる状況であると言えまいか?
A大砲を集めた豪快な野球は守勢に回ると、きわめてもろかった。
→聖域なき構造改革、新規国債発行30兆円以下、特殊法人改革、不良債権抜本処理等々大型のスローガンをかき集めた豪快骨太なその政策は、実は、景気・株価が下降スパイラルを抜け出せない状況下において、きわめてもろい画餅に帰す類のものであった。
各チームの4番打者さえ集めれば、野球に勝てると読んだ長嶋監督。どれをとってもチームの4番打者クラスの政策である聖域なき構造改革、新規国債発行30兆円以下、特殊法人改革、不良債権抜本処理等々を、1番から8番まで並べ立てて成功すると読んだ小泉改革。あまりにも似すぎていやしませんか?景気後退・株価下落という守勢に回って、小泉改革はきわめてもろかったとなるのも、既に現時点で、火を見るより明らかではありませんか?
Bバランスを欠いた人集めには、編成担当の球団役員でもある長嶋が大きな責任を負わねばならない。その偏った編成をいさめる人物が周りにいなかったのも悲劇だった。
→閣僚任命権者である小泉首相は、派閥順送り人事からの決別との大義の下に、バランスを欠いた閣僚人事を断行した。要の財務相には、自派閥で同じ慶大出身の79歳塩川正十郎氏を任じた。小泉氏のバランスを欠いた閣僚人事を諌める人物は、周りにいなかった。
すべからく”長”となれば、部下を選ぶにあたって、自らの基準の下に選別することは、当然の行為である。長嶋監督が他チームほとんどの4番打者の獲得に熱意を燃やしたことは、誰もが知っていた話だ。問題は、結果である。もし長嶋監督が結果さえ出していれば、それに対する批難はさほど大きくなかったかもしれない。結果を出せなかったということは、長嶋氏が、その面において、監督としての資質を欠いていたことを意味する。
小泉首相も、自らの手で閣僚を任命し、派閥超え人事断行として高評価すら獲得した。たとえバランスを欠いた閣僚人事と言われようが、結果さえ出せば、評価は後でついてくるかもしれない。結果が出せなければ、小泉首相は、その首相たる資質のなさに対する批難を、甘受せねばならない。田中外務相対福田官房長官、塩川財務相、柳沢金融相、竹中経済財政担当相の三つ巴等、私の見るところ、各打者の連携に乱れが見受けられるようだ。
Cグラウンドでも”腹心”に恵まれなかった。というより不振の責任を取らされるのはいつも投手コーチ。
→小泉首相は、幸いにして”腹心”に恵まれたようである。不振の責任を取らされている投手コーチの1番手は、何といっても田中外相のようだ。
最近は、ことごとくに、とは言っても経済ではなく政治問題においてであるが、福田官房長官の影がチラつくようである。小泉首相は、国民が選択したのは小泉首相であって、福田官房長官ではないことを、肝に命ずるべきである。さらに言えば、国民が選択したのは、日本の財政改革・景気回復を実行してくれるはずの小泉首相であり、靖国や集団自衛権等々の政治問題に注力してもらうためではないということを、小泉首相は更に肝に命ずるべきである。小泉首相にとっての経済問題か政治問題かの選択は、長嶋監督にとっての打者責任か投手責任かの選択によく似ている。打撃陣は頑張ったが、投手陣がだらしなかったとか、その逆とか。小泉首相のケースは、政治問題の予想外の展開で、経済問題に対する対策を変更せざるを得なくなった等々である。また、第二次世界大戦開戦前夜の、陸軍と海軍の出世争いをも思い起こさせる。いま国民が求めているのは、繰り返しになるが、財政改革と景気回復である。にもかかわらず、経済問題に出番のない福田官房長官は、小泉首相をより多く政治問題に巻き込もうと画策していると邪推したくもなる動きが多い。私はいま、第二次世界大戦前夜との比喩を用いたが、今この日本が置かれている経済状況は、決してその比喩が大げさであると言えないものと考える。最近の小泉首相の動きは、あまりに政治問題に偏り過ぎている。福田官房長官の思惑とは別に、小泉首相本人が、経済問題を論ずるより政治問題を論ずる方が好きだというなら、これまた、首相としての資質の問題と言わずして、他に言葉はない。
最後に、浜田氏は、超スーパースター長嶋氏の監督退陣にあたって、次のような自責の言葉を述べている。
『人気にたてつけば、この世界で生きていけない。評論家も、記者も、腰の引けたバッティングのような論評で、長嶋をスポイルしてきた。その一人として、今さらのごとく自責の念にかられる。』
”長嶋”の言葉を、”小泉首相”と入れ替えていただきたい。浜田氏は、長嶋氏が監督を退陣する今の時点で、この興味深い一文を発表した。おそらく浜田氏は、人気低迷し、ボロボロになった日本プロ野球界の現状を心中に描きながら、長嶋氏をスポイルしてきた自分を省みたに違いない。
ボロボロになってしまった日本経済とその社会を心中に描きながら、”時の権力者”小泉首相をスポイルしてきたことに自責の念に駆られる前に、Mass Media、記者の皆さんには、この浜田氏の文章を、じっくりと味わってもらいたいものである。
(2001/09/30)
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