the NIKKEI-watcher

Taka watches

DATE・・・・2001/05/21(M-2)
記者 ・・・・編集委員 伊奈久喜
TITLE ・・・”風見鶏”/ミサイル防衛で核が減る/率先支持こそ日本の選択
評価 ・・・・C



『広島の人たちが中心になってつくった記録映画「核のない21世紀を」の試写を見た』記者が、『小泉純一郎首相の「派閥を無意味にすればいい」といって大胆な組閣をした手法』に触発されて、ブッシュ米大統領のミサイル防衛構想が核兵器を無意味にするかもしれない点に着目、『日本は核の意味を低下させるためにあらゆる国のミサイル防衛を支持すると宣言すればいい』と結論づけたのが本文の大筋である。

この記事における伊奈氏の主張は、「ブッシュ米大統領のミサイル防衛構想は、核兵器を無意味にし、核軍縮を促進させる可能性を秘めるから、日本はあらゆる国のミサイル防衛を支持すると宣言すればいい。」という一点にある。問題は、伊奈氏のその主張が、広島の悲惨を再び繰り返さないという核兵器廃絶の思想からくるのか、ブッシュ米大統領のミサイル防衛構想への支持からきているのか、もうひとつはっきりしない点にある。

ロシアと中国のミサイル防衛構想に対する反発と対抗手段が如何なるものになるか、本家本元の両国にすら分かっていない現時点において、ミサイル防衛構想はあくまで単なる核兵器搭載ミサイルを空中で撃ち落すという目的のプロジェクトであるとしかいいようがないのではないか。
米国と同様の精度のミサイル防衛網がロシアや中国でも開発できれば、結果的に核軍縮を促進する結果となる可能性もあるが、もし自国のミサイル防衛網が未整備の段階で、米国が精度の高いミサイル防衛網を配備したとすれば、これは相手国の軍事戦略上、まさにギブアップに等しい状況を招くことは明らかだ。必ずや相手国は、そうなる前に何らかの手を打とうと考えるであろう。そのようなプロセスを度外視して、もし伊奈氏が現時点において、ミサイル防衛構想が核軍縮を促すと本当に信じているのであれば、それは余りにも大胆で飛躍的過ぎる考えと言わざるを得まい。

そうかといって『現実に核兵器を廃絶できるかとなると、それは不可能に近いように見える。』という伊奈氏が、核兵器廃絶思想の持ち主だとも思えない。しかし伊奈氏が核兵器廃絶論者でないなら、『核兵器を無意味にし、核軍縮を促進させる可能性を秘める』との飛躍した論理の下に、『日本はあらゆる国のミサイル防衛を支持すると宣言すればいい』というミサイル防衛構想支持の立場を主張するのに、核兵器の悲惨さを訴える反核運動の人々の話を持ち出すのは、彼らの神経を逆撫でするようなやり方ではないであろうか?

それはそれとして、記事の中でとりわけ私に深い印象を与えた部分が、3箇所あった。一つは『現代の核は運搬手段であるミサイルに装着されている。』という点。二つめは『ミサイル防衛が技術的に本当に可能なのか、その場合のコストがどうなるのかがわからない。』という点。最後に『中国は、この問題を核兵器材料の生産停止を目的としたカットオフ条約の交渉と絡めてきている。』という点。
何ということもない文章ではあるが、例えばの話、日本はこの運搬手段であるミサイルを保有しているのであろうか?北朝鮮が、日本上空を通過して弾頭部分が米本土に接近する距離までミサイルを飛ばしたあの衝撃的な事件が起きたのは、何年前のことであったか?彼らは今でもなお、それを徹底的に”衛星打ち上げ”だと主張している。日本が、失敗ばかりしているが、自前の衛星打ち上げにご執心なのは知ってのとおりである。

第三点に”核兵器材料”という言葉がでてきている。日本はこの核兵器の材料を保有しているであろうか?
Japan Problem/プルサーマル計画
青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場で取り出されたプルトニウムは、まさにこの核兵器の材料そのものである。政府の”プルサーマル計画”では、このプルトニウムを新潟県刈羽村にある東京電力原子力発電所3号機他の軽水炉で使用することになっている。米国のBush大統領は、Clinton前政権が北朝鮮に公約した軽水炉の建設計画を、その使用済み燃料棒が核兵器の材料に転用される恐れがあるという理由で、軽水炉建設を反故にし火力発電所の建設に切り替える計画をしている。
伊奈氏は、第二点でミサイル防衛計画のコストの問題を提起しているが、日本のプルサーマル計画の再処理プルトニウム使用による燃料コストは、通常の輸入ウラン使用によるコストを上回っている。お膝元の日本で、コスト高を承知で”プルサーマル計画”が推進されている時に、他国のミサイル防衛網のコスト高の心配をするのもチト筋違いかと思うが。

記者は最後に、『それにしても、ミサイル防衛が核軍縮を促す点に注目すれば、反核運動の側からこそ、支持の声が出るのが自然なのだが・・・。』と結んでいる。
私はこう言いたい。”それにしても、自国内で核兵器の材料が大量生産されようとしている時に、反核運動の人々から何の悲痛な訴えがないのは不自然なのだが・・・”と。
(2001/05/28)


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