目覚し時計のTAKA


Taka watches



ビビったか、滝田 編集委員!
日本の長い影」


DATE・・・・2001/04/23(M-29)
記者 ・・・・編集委員 滝田洋一
TITLE ・・・”景気指標”/不良債権処理という総力戦
評価 ・・・・A
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自民党には影の部分がある、とよくいわれる。真偽はともかくとして、闇の世界に繋がっているという言い方をされることもある。影は常にそこに存在しているが、日常は目立たないし、誰も気にしない。夕暮れ時、背後から西日が当たったり、夜の通りで電柱の明かりに照らされたりした時に、人はほんの偶然に、自分の影の存在に気づく。
影は、光の悪戯(いたずら)である。影は文字どうり影の薄い存在ではあるが、科学のテクノロジーは、影の様相から本体の姿をかなりの程度まで類推することを可能にする。そもそも、三次元の影は平たい二次元であり、二次元の影は線分である。

民主党の要請で18日、金融庁が集計した銀行、信用金庫、信用組合などの預金取扱金融機関による元利払を延滞するなどの問題貸出先あて融資が、2000年3月末現在で、与信総額の約22%にあたる150兆円に上っていることが判明した。
「日本の財政はやや破局に近い状況だ」と述べて物議をかもした宮沢前財務相を含め( Japan Problem/日本の財政赤字)、担当行政官庁のトップ級では当然周知の事実であったとは思うが、ある意味で当局の間ではこの事実は、日本という国の”影”のような扱いをされてきたのではなかろうか?民主党の当てた光によって、日常は目立たない、大多数の国民が気にもしていない日本の”影”の存在が、ほんの一瞬、現実の中に浮かび上がってきた。
そしてその影は、滝田氏にとっては、予想外に”長いもの”であったらしい。

『蛇を「長すぎる」と評したフランスの作家、ルナールに倣えば、150兆円という数字は「大きすぎる」。回収が確実でない問題企業向けの融資額だ。(省略)150兆円には、担保や保証で債権が保全されている分が含まれる。とはいえ、すでに公表された、返済が確実でない問題債権81兆円に比べても、はるかに大きい。
150兆円。この数字は、預金を取り扱う金融機関の総与信額673兆円の22%に達する。名目国内総生産(GNP)は510兆円だから、問題企業向け融資の対GNP比は29%にのぼる。』

日銀が3月19日の政策委員会・金融政策決定会合で金融緩和への政策転換に踏み切った以上、財政赤字・不良債権問題解消に向けた日本再生への鍵は、経済構造改革に踏み切れるかどうかという政治と国民の側の決意にある、というのが元来の滝田氏の基本姿勢であった。 Taka watches/2001/03/20(M-1)
4月6日政府・与党は、緊急経済対策を決定した。24日自民党第20代総裁に選出され、26日衆参両院本会議で第87代首相に選出された小泉純一郎氏は、可能性とスピードはともかくも、経済構造改革を断行すると明言している。にもかかわらず、”日本の影150兆円”を垣間見た滝田氏の思いは、複雑に揺れているようだ。

『4月6日の緊急経済対策で、政府・与党は不良債権の最終処理促進を打ち出した。本気で実施するなら、よほど腹をくくる必要がある。不良債権とは、単なるバブル融資の焦げ付きではない。問題融資の向こう側には、過剰債務と過剰雇用を抱えた企業群が存在する。大手銀行のリスク管理債権の6割は建設、不動産、流通の不振3業種に属する企業向けである。一方、不振業種は日本の全就業者の4割を吸収している。問題処理の過程で倒産と失業の増加は必至だ。』

本気で実施するなら』とは?滝田氏は、政府・与党が緊急経済対策を『本気で実施する』とは考えていないのであろうか?もし政府・与党がこの期に及んで緊急経済対策を本気で実施しなければ、早い話が日本のみならず世界の経済の今後の見通しは大変暗いとしか言いようがない。滝田氏のそこから後のコメントもまた何を今更という感じのもので、政治家・官僚の、だから我われは早急でドラスティックな政策を取れなかったのではないか、という声が聞こえてきそうである。私の口癖の”何処まで行っても、いつか来た道”が、ここにも現れている。

『景気対策や株式市場活性化の切り札として、1400兆円の個人金融資産を挙げる人が多い。だが、金融機関は預金を融資で運用しているのだから、金融資産の相当部分が傷んでいるのは明らかだ。損失を穴埋めし、預金を全額保護するなら税金の投入が必要。これは納税者が預金者にお金を渡すという行為である。国債の発行で穴埋め資金を捻出しても、最終的には納税者である国民の負担となる。それが嫌なら、インフレによる資産価格上昇を図る選択肢もある。これまた負担者は国民だ。どの手法を選ぶかは、政治と国民の決断次第だ。その前に、まず実態をありのままに示すことが欠かせない。』

滝田氏の言によれば、政治家の決断とは”やるかやらないか、やるならどれをやるか”という決断で、国民の決断とは”税金で穴埋めすることを受け入れるか入れないか”という決断のようだ。あまりにも痛みの度合いに差があり過ぎるのではなかろうか?決断をすることによって、政治家にどれほどの痛みがあろうか?一方、国民は今後、長期にわたって余分の税金を支払っていかなければならない。痛みを味あわない連中に、どれほどの反省と真面目さが期待できようか?
日本をこれほどの財政赤字・不良債権大国にした連中に相応の痛みを味わってもらわない限り、国民としても手放しで税金を甘受するのは難しかろう。
今すぐにでも、”一切の税金の無駄遣いをやめさせよう”。
そして国民が、やむを得ず財政赤字の一部を余分の税金の支払いという形で負担する代わりに、真の民主主義国家として、”国民が日本の主役である”ことを、政治家・官僚連中に悟らしめようではないか。
Japan Problem/Basic Concept/2001/03/30(M-1)春秋

また最後の『その前に、まず実態をありのままに示すことが欠かせない。』というフレイズに、”長い”影を見た滝田氏の戸惑いが感じられる。さらに、この記事は”景気指標”というコラムに”影”のように掲載されたものであるが、このような重要な解説記事が、かようなやり方で掲載されるところにも(寡聞にしてこれまでのところ本件に関する他の解説記事にお目にかかっていない)、この情報が、目立たず気にされずという”日本の影”の正しく一例であることの証明であるように思われる。
(2001/04/29)

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