the NIKKEI-watcher

Taka watches

DATE・・・・2001/04/01(M-3)
記者 ・・・・編集委員 田村秀男
TITLE ・・・”News反射鏡”/予測性の時代/指導者は先行き不安断て/悪循環解消は明確な説明から
評価 ・・・・B




NYのウォール街で使われ始めているという「予測性(predictability)」という言葉を取り上げて、日本政府や企業・金融機関の発する情報の不確かさが、経済を混乱させ、低迷を長引かせ、悪循環を引き起こす要因の一つとなっているという。田村氏は、次のように結論づける。

『(省略)首相をはじめ指導者のリーダーシップを求める声が強い。「かっては吉田茂が軍事よりも経済、佐藤栄作が社会福祉という国のグランドデザインを固めたから官僚が政策の方向を定めることができた。いまは基本路線が欠如しているから、しっかりした絵が描けない」と官僚の一人は嘆く。』
『指導者は、政治家なら有権者に、経営者なら株主、従業員に明確な目標を示して問題のありようを具体的、客観的にさらけ出し、解決の方策、時期を明確に説明する。そして結果について責任を負う強固な姿勢を示す。それこそが予測性を高める。「予測性の時代」がこれから始まる。

私は二つのことを言いたい。一つは、「予測性(predictability)」の反対軸にある言葉についてである。田村氏は、「不確実性(uncertainty)」を念頭に置いているようであるが、私は、「あいまいさ(ambiguity)」こそ、正に相応しい言葉であると考える。別のよく知られている言葉で言えば、「玉虫色」となろうか。
この「あいまいさ」もしくは「玉虫色」は、現代日本の社会・文化を象徴する代表的な言葉の一つである。それは、日本の社会に、国民の性向の中に、一つの文化としてどっぷりと受け入れられているものである。大多数の日本人は、白黒をはっきりさせる西欧文化に対し、「あいまいさ」の中で「玉虫色」に処理することで物事がギスギスするのを防ぐ日本流のやり方は、和をもって尊しとする日本文化の立派なテクニックの一つであると考えている。
さらに、過去の出来事に学ぼうとせず、ただ単にそれが過去に起きたことというそれだけの理由で、良きも悪しきも十羽一からげに過去に葬り去ってしまう悪しき日本流の風習がある。過去に学ばぬ者に、如何なる「予測性」を期待しようというのか?
たとえ世界に「予測性の時代」が始まろうと、日本国民の資質が変わらない限り、日本に「予測性の時代」は来ないと、私は予測する。

二つめは、田村氏の記事の最後の部分である。『政治家なら有権者に、経営者なら株主、従業員に』私はこう付け加えたい、”MassMediaなら、ジャーナリストなら、読者に”と。MassMediaなら、ジャーナリストなら読者に、『明確な目標を示して問題のありようを具体的、客観的にさらけ出し、解決の方策、時期を明確に説明する』姿勢を示して欲しい。「予測性」の重要さを説くのであれば、その反対軸にある日本社会・文化の中にある「あいまいさ」「玉虫色」の部分を問題視する姿勢を望む。「予測性」と「あいまいさ」は、決して両立することはないのだから。



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