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<Taka watches>
DATE・・・・2001/03/01 (M-1)
記者 ・・・・編集委員 滝田洋一
TITLE・・・経済に空白はない/停滞政治に球は返された
評価 ・・・・C
この記事は、日銀が前日28日に、約2週間前の2月13日に引下げたばかりの公定歩合を、更に0.1%緊急追加利下げした報道に対する、編集委員による解説という役割を担っている。
”日銀の公定歩合緊急追加引下げ”、これが、この記事の存立基盤であるはずである。にもかかわらず、記事の中に、その部分の深い分析、そして読者への何らかの提言といったものがないのは、何故であろうか?
この記事を一読した私の印象は、次の2点であった。
(1)日銀の施策に対する過度の物分りのよさ。
記者は、『景気指標と株価がらせん状に悪化する事態を防ごうと、日銀は残り少ないカードを切った。次は空白状態にある政治こそが前に踏み出す番だ』『日銀がなけなしのカードを切った結果、ボールは政治に投げ返されたのではないか』というが、記者自身が「残り少ないカード」とか「なけなしのカード」とか表現しているように、要するににっちもさっちもいかなくなり、切るカードがなくなったからやっただけのことではないのか?
(2)記事の主張点を、日銀の政策の分析・評価・予測に置かず、当該公定歩合追加引下げの報道があろうがなかろうが、別途、重要な問題として取り上げられるべき政治的課題に矛先を持っていっている、ピンボケの視点。
この記者は、この記事において、読者に何を訴えようとしているのか?
日銀は、今までも現在も充分やることをやっていて、今後もやるであろう。もう彼らに苦言・提言することは何もない、とでも言いたいのだろうか?そう言いながら、一方、「ボールは政治に投げ返された」とは、どういう意味か?今までボールは日銀にあった、だから政治家は何もしなくても良かったが、日銀がやるべきことをやった今こそ、政治家たるものやるべきことをやるべきだ、こう言いたいのだろうか?
私なら、こう言う。日銀は、今まで間違ったことばかりして来た。そのつけが回ってきた結果が、今回の緊急追加措置である。しかし、今回の措置も市場の後手に回ったものであり、なお且つ、施策の出し惜しみをしているのが見て取れるため、市場は決して好意的に受け取らないであろう。すなわち日銀は、過去のみならず現在も間違っており、おそらく今後も適切に対応すると予測することは、難しいことである。
一方、政治的課題に関しては、これまた政治家・官僚連中は、過去に、やるべきことを、やるべき時に、適切にやった、とは言えないのが事実であり、「今こそ前に踏み出す番だ」とか、「ボールは政治に投げ返されたのではないか」などと、寝言みたいなことを言っている場合ではないと思うのだが。