the NIKKEI-watcher



I love NIKKEI. I love Japan.
好きだから文句を言いたくなる。
良くなって欲しいから、文句を言う。
NIKKEIが良くならなければ、日本は変わらない。
日本をより良くする為に、Mass Mediaの先頭に立って、苦言を呈して欲しい。
NIKKEIが変わらなければ、日本は良くならない。

 私は、原則的に、日経新聞(NIKKEI)しか読まない。もしNIKKEIがなければ、私の人生の一部は、かなり無味乾燥としたものとなるだろう。毎日のNIKKEIは、情報の宝庫である。私はNIKKEIの隅々にまで、目を通す。そして、山ほどの情報を、かき集めてくる。それらの情報は、私の頭の中で蓄積され、更新され、不要なものは忘れ去られて行く。Mass Mediaが、どれだけ巨大であるか、よく分かる。NIKKEIの方々が、日々の情報を流して行くのに、どれほど見えない所で細心の注意を払っているか、外部の者には、計り知れない部分もあろう。そうであっても、私は敢えて言いたい。
             日本を良い方向に変えて行く為には、”物足りない”と。
 他の人々は、過去の情報を、どのように活用しているのであろうか?過去の情報の活用なくして、未来の適切な予測は可能であろうか?現状の日本の数々の問題点は、過去の情報が、ほぼ完全に無視されていることに尽きる。民間から小泉内閣の経済財政担当相に起用された竹中平蔵氏は、これを、日本人の”水に流す体質”と呼ぶ。NIKKEI内部の方々は、過去の情報に遡って現状を分析した自分達の記事が、どれほどあると認識しているであろうか?

 言うまでもなく、新聞は公器である。NIKKEIが、某政治家が、こういう事をコメントした、という記事を掲載するのであれば、その記事の内容は、その後、軽々に無視されてよいものではない。もし万が一、その後に軽々に無視されてよいような記事であれば、その記事は、公器である新聞紙上に掲載されるべきではなかった。
 日本では、過去に発言されたコメントが、発言が過去になされたものである、というそれだけの理由で、その意味するところの重要性が無視されてしまう、という悪習がはびこっているように思われる。
             Mass Mediaは、それを助長している。
そのようなやり方が、自分の発言に無責任な政治家、自分達の行政に無責任な官僚、そして会社を破産寸前に追い込んでも、自らの行為に無責任な経営者等を輩出させているのである。

 IT革命の主役であるインターネットの重要なファンクションの一つに、DATA BASEがある。インターネット上の有力ウェブサイトは、中にARCHIVESと名づけた過去の情報のDATA BASEを保有している。このようなインターネットの時代において、過去において蓄積された情報を活用せず、あまつさえ無視するということは、IT革命そのものの否定にもつながるといえよう。日本にIT革命が根付くか、という観点において、このような日本独特のものの見方といった、カルチャー面の異質性にスポットを当てた分析方法も重要と考える。
 真のジャーナリストは、国民に迎合するポピュリズムに堕してはならない。国民は一面で賢く、一面で愚かである。国民が愚かである部分については、これを啓蒙し、国民のクウォリティ(質)を高める努力をするのが、真のジャーナリストではあるまいか。このインターネット時代のウェブサイトというニューTOOLを通じて、より良い日本を目指して共に手を携えて歩んで行こうではありませんか。 


私は、次代を担う子供達の為にも、日本がより良い、より住み良い国になって欲しい。
その為に、私に何が出来るだろうか?
鉄のトライアングルとも称される強固なシステムの、何処を突つけば、日本は変わるのか?
Mass Mediaが変わらなければ、日本は良くならない。
NIKKEIが良くならなければ、日本は変わらない。
だから、私はNIKKEIをwatchする。
私は、Media Watcherである。

-Taka-



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