目覚し時計のTAKA


Taka watches




似非ジャーナリスト
「御用編集委員」



当然のことながら日経新聞には、当ウェブサイトが推奨する宮本明彦編集委員吉野源太郎論説委員のように優秀なジャーナリストもいれば、小泉欺瞞政治の片棒を担ぐ所謂「御用編集委員」と言われるジャーナリストとは似て非なる政治記者もいる。本日はその後者、「御用編集委員」をテーマに取り上げる。


DATE・・・・2004/09/12(M-2)
記者 ・・・・
編集委員安藤俊裕
TITLE ・・・”風見鶏”/「
責任政治」を貫くには
評価 ・・・・



自民党の国家戦略本部が9月3日、副大臣と政務官は担当閣僚が直接任命することや、内閣と与党の連携強化のため政調会長は入閣すべきである等の提言をまとめ、小泉首相に報告した。
安藤記者は、12日の”風見鶏”のコメントでこれを取り上げ、まずこう口火を切った。
いずれも首相主導、内閣主導の「責任政治」を確立することに資する内容である。小泉首相は今度の内閣改造で、こうした提言を一つでもいいから実行に移すべきだろう。
そして、続く文章がこうである。
郵政民営化をめぐる首相と自民党の攻防は、責任政治のあり方の観点から眺めると興味深い。


最近特に、小泉長期政権の弊害として、やたら「小泉的なるもの」が世間に蔓延るようになったと痛感する。上記に引用した安藤記者の文章も、まさに「小泉語」・・・「小泉詭弁話法」の典型と言える。
私は、Today’s目覚ましShot/「小泉語」の復習の中で、次のように指摘した。
「小泉語」において常に最大の役割を担っているのが最初のセンテンスであり、しかもその最初のフレーズである』と。

読者の皆さん、小泉首相の記者会見での発言に注目されたい。
記者「小泉改革は、口先ばかりで実行を伴っていないという指摘がありますが?」。首相「小泉改革は着々と進行しています」。
記者「道路公団改革は、後退したのではないかという指摘がありますが?」。首相「道路公団民営化も決定し、改革は着々と進んでいます」。
記者「年金改革法はいったん廃案にして、一から議論した方が良いとの意見がありますが?」。首相「ですから与野党協議機関を設けて、年金改革法が成立した後、そこでじっくり議論したらと言ってるんです」。
記者「参院選挙で自民党は負けたという声がありますが?」。首相「自民党は負けていませんよ。与党で過半数を維持したんだから」。

「小泉改革」が口先ばかり先行して中味が伴ってないのでは」と疑問を投げ掛ける記者に対して、小泉首相は中味について説明することなく、「改革は着々と進行している」と質問者の疑問を真っ向う否定する。
年金改革法にしても、問題点が多々あるからいったん廃案にして一から議論をすべきではないかと疑問を投げ掛けているのに、小泉首相はいったん成立させてから議論しようと言う。
論点が噛み合わないという以前に、相手の主張を会話の突っぱしにいきなり頭ごなしに否定してかかるのが、「小泉流話法」の一大特徴である。

私は上述のコメントで、次のように続けた。
『これは一種の先制パンチである。普通の人々は、このような「もの言い」で会話を始めたりしないが、世の中にこのようなやり方を好んでする人種がいる。ケンカを職業にしているヤクザさんの業界では、ケンカをするなら先制攻撃が常識である。小泉首相の会話テクニックは、常識ある大人のそれではなく、実は、ヤクザの世界においては常道のケンカ・テクニックと同種のものなのである。

話を、安藤記者のコメントに戻そう。まずタイトルである。”「責任政治」を貫くには”。
私は、このタイトルを見てまず「カチン」ときた。”「責任政治」を求める”とか”「責任政治」を願う”とかのタイトルであれば、すんなり受け入れられた。なぜ、「責任政治」を貫くなんだ?まるで現行の政治が、「責任政治」を十分認識して行われているような印象を与えるではないか?
・・・それが、所謂「御用編集委員」の意図するところと言える。本文に入っても、『いずれも首相主導、内閣主導の「責任政治」を確立することに資する内容である』『郵政民営化をめぐる首相と自民党の攻防は、責任政治のあり方の観点から眺めると興味深い』と、立て続けに二度も「責任政治」という言葉が用いられる。

私は、小泉首相と現在の政治に致命的なものの一つが、「無責任」だと考えている。「小泉詭弁話法」に倣えば・・・
質問者「小泉首相と小泉政治は、無責任ではないか?」。首相「私は、責任を持って政治にあたっています」。
・・・とでもなろうか。
「無責任」が小泉首相とその政治の致命傷であるだけに、メディアを通して国民に小泉首相の「責任(ある)政治」姿勢を訴えかけ洗脳して行くことは、「御用編集委員」にとって大事な隠された使命の一つとなっている。
私はここで、昨今メディアを賑わせた、小泉「無責任」政治の典型的な一例を取り上げたい。


8月27日の日経新聞朝刊2面に、小泉政権による一つの人事が報道された。次期駐英大使に、野上義二前外務次官の起用が内定したというものである。
アフガン復興支援国際会議に大西健丞氏が代表を務める非政府組織(NGO)を参加させなかった一件は、田中真紀子前外務大臣鈴木宗男前議員それにこの野上前外務次官を巻き込んだ三つ巴の暗闘となり、これを利用して今日の小泉独裁政治の一里塚を築いた小泉首相の巧みな関与については、Taka remarks/小泉首相の「傲慢・欺瞞」(その1)−「田中外相更迭」−Today’s目覚ましShot/たかが言葉、されど言葉などで詳細に取り上げたので、読者の皆さん、よくご承知のことと思う。

この内定人事に関する日経の記事は、過去の経緯を辿りながら公平な視点で解説している。
三つ巴の暗闘の結果、鈴木前議員が議運委委員長を退き、その後収賄容疑で逮捕され、その鈴木氏が大西代表のNGOがアフガン復興支援国際会議に参加しないよう関与したと国会で答弁した田中外相(当時)と、それを「外相の勘違い」と否定した野上外務次官(当時)が、閣内における意見の不一致という口実の下に、小泉首相に共に更迭されたのが当時の小泉人事であった・・・はずである。
次に引用する日経の記事の内容は、実際は当時から囁かれていたことであり、私が主張してきた内容でもあったのだが、いざこうして実態を赤裸々に暴かれてみると、読者の皆さんにとっても、やはりかなりのインパクトがあるのではなかろうか?

野上氏は2002年9月に駐英公使に任命され、英王立国際問題研究所の上席客員研究員を兼務。ある(外務省)幹部は、「野上氏の復権は既定路線。駐英公使になった段階で大使昇格が念頭にあった」と打ち明ける。
当時の外務省では「一連の不祥事はたまたま田中氏の在任中に起きただけ。因果関係はないのに人事権を振りかざしすぎだ」と田中氏に批判的な空気が強かった。野上氏にも「田中氏と刺し違えた功労者」との受け止め方があった。
更迭から2年以上が過ぎたことで、外務省は今回の人事を省ぐるみで推し、首相官邸も「世論のほとぼりも冷めている」と、同省の意向をくんだ。

要するに、公然と外務大臣に反旗を翻した前外務次官が、「世論のほとぼりの冷める」のを見透かされ、再び表舞台に登場したと言うことだ。小泉首相の「更迭」とは、「世論のほとぼりの冷める」まで、大臣に反旗を翻した高級官僚をぬくぬくと国民の税金で養って置くことを言うのか。
野上次官(当時)が、当時外務省に隠然たる影響力を行使していた鈴木議運委委員長(当時)とツーカーで、彼を庇うために「外相の勘違い」と敢えて上司である田中外相(当時)に反旗を翻したことは明白である。結局、鈴木氏は、この問題で招請された衆院の参考人招致でボロを出し、収賄容疑で逮捕されるに到った。
このような人物を庇って上司たる外務大臣に公然と盾を突いて、たとえ表向きにであろうがひと度小泉首相によって「更迭」されたはずの官僚が、どの面(ツラ)下げてどのような根拠で復権できるというのか?

首相官邸は、「世論のほとぼりが冷めた」からと言う。そんなことが「更迭」撤回の理由になるか。外務省は、実は野上次官が、目の上のたんこぶの「田中外相と刺し違えた(外務省にとっての)功労者」であったから、今回の人事を省ぐるみで押し進めたというのか。
2001年、田中外相在任中の外務省では、元室長による機密費流用事件課長補佐のハイヤー代金水増しによる公金詐取事件、更には省ぐるみの総額2億円と言われたプール金事件等の不祥事が発覚した。野上次官を「田中外相と刺し違えた功労者」と考える外務省役人の頭の中で、これらの不祥事に対する「責任」の意識はどのような位置づけにあるのか、ヤツラの頭を叩き割って調べてみたいものである。

とは言え、官僚・公務員の意識レベルは、もともとその程度のものであろう。日本の行政の「無駄遣い」は、こいつらの手で生み出されている。「小泉改革」なるものがエセ改革の欺瞞以外の何ものでもないことは、機密費流用やハイヤー代金水増しやプール金といった行政による税金の「無駄遣い」のオンパレードを引き起こした外務省の実質責任者で、かつ上司たる外務大臣に公然と盾突いた外務官僚に、結局最後まで実質的な「責任」を取らさなかった今回の事例においても明白である。

かくの如く「無責任」極まりない小泉首相が「責任ある」「信頼できる」首相であるとのイメージを読者に植え付けるべく、「御用編集委員安藤俊裕記者は文章の其処此処に工夫を凝らしている。似非ジャーナリストの浅智恵は、そのようなところに配分されるものらしい。

郵政民営化をめぐる首相と自民党の攻防は,・・・
自民党内に抵抗勢力を作って悪役にし、国民の味方を演出して支持率を獲得する小泉戦略は、既に多数の国民にバレバレのように思う。にもかかわらず、「首相と自民党の攻防は」と相も変らぬ抵抗勢力作りに精を出す。

首相にしてみれば、(昨年の衆院選のマニフェストで「郵政事業を2007年4月から民営化する政府の基本方針」について)秋に結論を出すと国民に公約したのだから、基本方針を閣議決定するのは当然ということになる
「御用編集委員」と言うか、未だに小泉首相を支持している人々の顕著なる特徴は、小泉首相の悪い部分は「完全無視」し、都合の良い部分だけイイトコ取りをしてくる点である。小泉首相が「”華氏911”は偏った見方をしているから見ない」と公言したが、「類は友を呼ぶ」で小泉支持者も似たり寄ったりの見識の狭い自己中の集まりのようだ。
今頃、昨年秋に行われた衆院選のマニフェストを持ち出してくるのもどうかと思うし、同じマニフェストに載った「道路公団民営化」の結末はどうだったんだ?とも聞いてみたいが、最も笑ってしまうのが、「秋に結論を出すと国民に公約したのだから」という文章だ。「公約など破っても大したことない」と国会で抜け抜けと答弁したのはどこのどいつだ?そのような発言をした人物の国民への「公約」に、いったいどんな重みがあると言うのだろう?

しかし、法案を与党の了承なしに閣議決定した先例を切り開いたのは、ほかならぬ小泉首相である。郵便事業に民間企業の参入を認める信書便法は、自民党郵政族の強硬な抵抗で与党の了承なしで閣議決定して国会に提出され、最終的に首相が与党の抵抗を押しきって成立させた
この文章を読んだ読者は、間違いなく「小泉首相って大したもんだ」という印象を受けるに違いない。まさにこの文章にこそ、「御用編集委員」の本領が込められていると言って過言ではない。安藤記者ご本人が『いざとなれば首相には強大な権限がある』と言っている通り、一国の総理大臣が暴走し始めたらとんでもないことになる。日本の政治体制は、「政党政治」であり、「大統領制」を取らない理由は、総理大臣の暴走に政党が歯止めをかけるためである。与党の了承なしに首相が何でもかんでも閣議決定し始めたら、暴走に歯止めがかからなくなってしまう。既に小泉首相による与党の了承なしの二度に渡る訪朝によって、日本外交は、「日朝平壌宣言」と拉致被害者子供たち返還の身代金としか考えようもない「52億円の人道支援」という屈辱を味わってきた。

安藤記者の本文の末尾は、こうである。
長年の持論であり、国民との公約である政策を実行し、首相主導、内閣主導の責任政治を貫くには、与党を圧する首相の気迫が不可欠である。

小泉首相は、子飼いの飯島勲首相政務補佐官を通じて「メディア総合戦略」の下に「御用編集委員」「御用学者」「御用テレビキャスター」「御用コメンテーター」等を育成することで日本のマスメディアをコントロールし、小泉首相に都合の悪いことは完全無視し、都合の良い部分だけを強調するメディアの誘導に踊らされた国民から高い支持率を得てきた。

その国民の高支持率を背景に、小泉首相は自民党内で独裁的地保を固め、就任以来この3年半に渡って数々の悪法を成立させてきたのみならず、昨今には世間全般にその「小泉的なる」性悪の本性を蔓延らせつつある。このままでは日本は、政官業に巣食う「シロアリ」どもに根こそぎ食い荒らされてしまう。
小泉政治の「よいしょ」を隠された使命とする似非ジャーナリスト「御用編集委員」の罪が如何に重いものであるか、、ご認識いただきたい。

だからこそ、私は敢えてこのコメントを提示した。安藤記者に、個人的感情は一切ない。ただ、あなたがやっていることは、日本という我らの祖国の行く末に、間違いなく大きな悪影響を与えている。
日本のマスメディアの世界で、ひと夏を 我が世の春と謳歌しているすべての「御用編集委員」「御用学者」「御用テレビキャスター」「御用コメンテーター」に、この言葉を贈ろう。

Shame on you!恥を知れ!
(2004/09/15)


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