目覚し時計のTAKA




Taka notes

2003年1月12日〜18日




◇2003年1月16日(木)◇

国連査察団、遂にイラクの国連決議違反を発見。

CNN.COMニュースより
Updated 09:10a.m.EST(1410GMT)January16,2003
Blix: Iraq violated U.N. bans

Chief U.N. weapons inspector Hans Blix said today that Iraq has illegally imported arms-related material to the country. "It's clear they have violated the bans of the United Nations," Blix said, warning that "Iraq must do more" and calling the situation "very tense, very dangerous."


遂に、出るべきものが出た。「SEPT.11」が米国を変え、変わった米国が、いま、中東の政治力学を決定的に変えようとしている。これが歴史の流れというものであろうか?
私は、長い時間かけて考えた。SEPT.11]とは、米国にとって何であったのだろう?と。
やはり、アルカイダによる「SEPT.11」は、”禁断の行為”であったということが、私の結論である。
3千人もの無辜の民の命を一瞬にして奪い、ペンタゴン(米国防総省)にハイジャック機を突入させたアルカイダの行為は、米国にとっては、決して”許されざる行為”であろうということである。


米国は、言うまでもなく、世界で突出した軍事大国である。しかし米国は、その突出した軍事力を、これまではあくまで受身で行使してきた。
ブッシュ米大統領が宣言したいわゆる「ブッシュ・ドクトリン」は、これまでの米国の受身であった軍事戦略を大きく転換させる、「先制攻撃」を容認する衝撃的な内容であった。
この異端の「ブッシュ・ドクトリン」を生んだものは、私は、アルカイダによる「SEPT.11」であったと思うし、おそらく間違いなく誰もがそう考えていると信じる。

「SEPT.11」が、世界最大の軍事力を有する米国民の心奥に隠されていた一種の”怒り”を、表に呼び起こしてしまった。
その”怒り”は、もはや、イラクのフセインという標的を打ち落とすまでは、再び米国民の心の奥底に戻って静かに収まることはないのではなかろうか?
アルカイダとフセインが関係がある証拠が出る出ないは、もはや米国にとっては問題ではなくなっている。なぜなら、米政府と米国民にとっては、アルカイダの主張とフセインの主張は、ほぼ似たようなものであるから。
アルカイダと似たような主張をするフセインは、アルカイダへの米国の”怒り”の対象とならざるを得ないのだ。


これが、世界で唯一突出した軍事力を有する米国の”わがまま”であることは、明白だ。米国に、そのような”わがまま”を許してはならないという意見の方(かた)が、世界の大勢であろうと、私も思う。
SEPT.11」とは、何であったのか?
私は、このことをずいぶん時間をかけて考えた。私は、ブッシュは嫌いである。しかし、私は、「SEPT.11」の大惨事を引き起こしたアルカイダは、もっと嫌いだ。
再度言うが、アルカイダと何の関わりもない約3千人の命を一瞬にして奪った行為と、米国防の中枢であるペンタゴンにハイジャック機を突入させ火の海にした行為は、人間そのものと米国そのものに対する”禁断の行為”であった。

この”禁断の行為”に対して、米国政府と米国民は、これまで優等生を演じて心の奥底に隠していた一種の”怒り”を爆発させ、念願のイラクのフセインを倒すという”わがまま”を暴発させようとしている。
その”わがまま”米国に対して、世界の大勢は否定的に傾いている。
イラクのフセインとアルカイダの関係を示す明白な証拠はない。大量破壊兵器にしても、たとえその開発計画を実行していたにせよ、イラクを攻撃するかどうかの判断は、国連の決議に任せるべきであるとする考え方である。

しかし、米国政府と米国民が優等生を演じることで、今後果たして、第二の「SEPT.11」は防げるのであろうか?
残念ながら、私はそうは思わない。もちろん、米国が”わがまま”を実現すれば、尚更、第二の「SEPT.11」の起る可能性は高まるであろう。
私は、「SEPT.11」について考えに考えた。
そして得た結論とは、いずれにしても、第二の「SEPT.11」が起きる可能性があるならば、この機に乗じて念願のフセイン打倒を実現しようとする米国の”わがまま”を、米国の友好国の一員である我われは、今回ばかりは大目に見るべきではなかろうか・・・というものである。


禁断の行為”を行えば、理性的ではない”報復”が返ってくる、という教訓が残されることは、”禁断の行為”に対する今後の抑止の観点からも、一つの意味ある行為になり得ると、私は考える。
おそらく、読者の中には、私と意見を異にする方(かた)が大多数だと予想している。その方々には、是非もう一度、
SEPT.11」とは、何であったのか?
を考えていただきたい。と同時に、アルカイダの行為は、許せる行為であったか、許されざる”禁断の行為”であったかを、是非是非、いま一度じっくりと、考えていただきたいと思っている。


◇2003年1月14日(火)◇

小泉首相が靖国神社を参拝だと。
私がこの男が好かないのは、こうして常に私の神経を逆撫でするようなことばかりやるからである。
14日昼、首相官邸で記者団に対し、靖国参拝の理由については、「正月ですし、新たな気持ちで平和のありがたさをかみしめて参拝したい」と語り、「首相として参拝するのか」という質問に小泉首相は、「そうです。内閣総理大臣 小泉純一郎として参拝する」と述べた。

小泉純一郎の「二股かけ」の典型が、「靖国参拝」だ。
記者団が「首相として参拝するのか」と問えば、「そうだ」と答える。しかし、首相の靖国「公式」参拝は、憲法の政教分離原則に違反することは明白であり、そのため、小泉首相は参拝時に常に「二礼二拍手一礼」の神道形式を避ける配慮をしている。
韓国政府の「平和を祈ると言いながら、平和を破壊した戦犯が祭られている靖国神社を参拝することは理解しがたい」との”深い遺憾”に対し、卜部大使は、私人としての参拝である点などを説明し理解を求めたという。
私人か、公人か、いったいどっちなんだ?という話である。「二股」かけるな、という話である。

一方、中国においては、”例の”阿南大使が、「小泉首相は自らの政治信条に基づき、国民感情を考慮して参拝したと思う」と理解を求めたが、中国政府は、「日本の国民感情を考慮して、中国やアジア人民の感情は考慮しないのか」と反論されたらしい。
私は自分を日本国民の一人だと信じているが、小泉首相に靖国に参拝してもらいたいと思ったことは、一度もない。それどころか、毎度、参拝してほしくない気持ちで一杯だ。
私の推測では、首相の「靖国参拝」の是非は、日本の国論を二分しているはずである。にもかかわらず、「国民感情を考慮して参拝した」などとウソの理由を平気で並べ立てるのは、いい加減にしてもらいたい。


この日、ネットのCNNニュースを見ていたら、次の記事が流れていた。

Bush: 'Sick and tired' of Iraq's 'games'

President Bush said today that he is "sick and tired of games and deception" from Iraq, saying that Baghdad has had 11 years to comply with U.N. resolutions calling on the regime to disarm. Chief U.N. weapons inspector Hans Blix, meanwhile, is warning Iraq it faces the possibility of war.

このdeceptionという言葉に、興味を引かれた。辞書にはこう書かれている。
【名】 詐欺。ごまかし。ペテン。騙すもの。幻覚。

小泉首相がやっていることは、まさにこれではないか!小泉純一郎の本質を語る英語を発見した喜びは大きい。
私は常々、小泉純一郎は、フセインや、特に「金正日」とは、その本質において同類だと考えていたから。
そうか、小泉純一郎の本質を語る英語は、「deception」だったのか!


◇2003年1月12日(日)◇

小泉首相が10日夜、クレムリン内の大統領公邸で、暖炉を前に茶菓をともにしながらくつろいだ雰囲気で、プーチン・ロシア大統領と約1時間半懇談したという。
この1年8カ月で、日本をメチャクチャにしてしまった半端モンの傾(かぶ)き男・小泉純一郎は、昨年9月には北東アジアの火薬庫、北朝鮮を訪問してパンドラの箱を開けてしまい、昨日のニュースでは、北朝鮮がミサイル発射実験の再開を示唆する事態にまでこじらせてしまった。
一部には、歴代首相がこのような事態になることを怖れて手をつけてこなかった訪朝そして日朝首脳会談を実現し、拉致被害者5人を連れ帰って来たことをもって、小泉首相の訪朝を高く評価する向きもあるようだが、今日、膠着してしまった拉致問題は言わずもがなで、依然としてノドン百基が日本を射程に戦略配備された状況で、「日朝平壌宣言」で合意されたはずの「ミサイル発射実験凍結を2003年以降も延長」が破棄されることになれば、またまた私はこの疑問を提示しなければならない。
小泉首相は、何を目的に訪朝したのか?

もちろん、私自身はその答えはわかっている。私はその疑問を、次のような考え方をするすべての人々、MEDIAに投げかけている。
「もし、小泉総理が行かなかったら、何も前に進まなかったのです。たとえ目先に困難が待ち受けているとしても、何もしないことより、はるかに良かったと捉えるべきではないでしょうか。 」 ヤフー政治掲示板2003/ 1/ 3 serverxzwyさんの投稿メッセージ: 32795より

私は、小泉首相の訪朝は、内閣支持率アップのための「パフォーマンス」がファースト・プライオリティーであったと確信している。
でなければ、どうして田中均アジア大洋州局長(当時)の不平等「日朝平壌宣言」に見られる卑屈擦り寄り外交と、北朝鮮との裏交渉全権を小泉首相から委託された彼が約束した「拉致被害者5人は北朝鮮へ戻す」言質を反故にし金正日の拒否反応を呼び起こす強硬外交路線という正反対の方向を向いた矛盾路線が、小泉外交として取れるのか?
小泉首相にとっては、拉致被害者が「一時帰国」しようが「永住帰国」しようが、「死亡年月日リスト」で端無くも露出したように無関心だからこそ、矛盾した外交路線が取れるのではないか?
彼にとっては、内閣支持率をアップさせる外交路線であれば、はっきり言えば、「何でもいい」のではないか?


そのような稀代の詐欺師的とも言える「ポピュリスト」が、今度は鈴木ムネオを追い落として空白となったロシア外交への食い込みを目指して、10日には首脳会談、夕食会と合わせて、5時間を越える顔合わせをしたという。(日経新聞2003年1月11日夕刊2面)
この小泉首相という男は、自民党総裁に選出されたことにより首相の座を獲得したにもかかわらず、これまで国民受けを狙い、自民党内の多数派勢力を「抵抗勢力」と命名し悪役にまつりあげることで正義面を国民にアピールし、かつ官僚を味方につけて自己の勢力拡大のみを目指す政策を採用してきた経緯から、首相を辞任した後は、自民党内においては完全に孤立する存在となることが予期される。
本人自身がそれを十分認識しているからこそ、現在、異常にその座に固執しているわけである。
そんな半端・傾(かぶ)き首相に、今後長期に渡り腰を据えて取り組まねばならないロシア外交の基本路線を、「パフォーマンス」だけを目当てにして裏でこそこそやられたら、それこそ「日朝交渉」の二の舞を演じることになりかねない。

小泉首相が首相の座に長くいればいるほど、日本はどうしようもない国に落ちぶれて行く。

そのくらいのことがわからないアホ学者とMEDIAが多過ぎる。日本は・・・。

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