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小さな花、短い華(はな)
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「ほんといなかもんなんですよ、わたしは」 「わたしは、いなかが大好きです」というのが、彼女の口ぐせであった。
「わたしはちびだから・・」というのも、彼女の口ぐせであった。
200X年9月X日。私は初めて彼女にメールを送った。
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○○○さん、
ホームページ拝見しました。
あなたの勇気と、慎重さと、清々しさにとても強い印象を受けました。
初めて見たのは、まだ旅行の写真がアップされる前でしたが、「サンタモニカ ビーチ」と「SFのヌーディスト ビーチ」の写真を見て、感動に近いものが湧いてきて、メールを出してしまいました。
(省略)
あなたが撮った「サンタモニカ ビーチ」の写真は、構図といい、色合いといい、最高だと思います。私もそこへ行った時のことを、思い出しました。
そしてSFのヌーディスト ビーチに行って、裸でエンジョイしたんですね!
外国旅行する女の子で、そのような冒険をしてしまう子は、そうそうたくさんいるとは思えません。
世界中を旅行してるんですって?あなたは自分のことを田舎者だと言っていますが、あなたは都会の多くの人が羨ましく思うようなことを、平気で簡単に実現してしまっています。
私はあなたに、あらゆる意味で、現代社会の最先端を行くスマートな女性を感じます。
(省略)
TAKA
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あなたがこれまでの人生で、もっとも気に入っている曲は何ですか?
時どきそう聞かれることがある。私は、「小さな花」と答える。
いま、その曲を知っている人は、あまり多くはない。ニューオーリンズ生れの黒人クラリネット奏者S.Bechetが、愛するドイツ人の妻のために1952年にパリで作曲したと言われるこの名曲を、私がなぜそのように好きなのか、私自身にもよくわからない。
しかし、いまどこでどうしているかわからない彼女を想うとき、私の脳裏にはいつもこの曲が去来する。
彼女は、27才の”小さな花”であった。

Santa Monica
彼女のホームページのPROFILEには、こう記されていた。
PROFILE
そう、彼女は、独立してデザインの注文を請け負う、フリーのデザイナーであった。
NAME ○○○
JOB DESIGNER & PAINTER HOBBY BODYBOARDING
SNOWBOARDING
GOLF SKIING
DRIVINGHEIGHT 154cm WEIGHT 43kg FAVORITE TRAVELING
SPEAKING ENGLISH
STUDYING SPANISH NOWPC MACINTOSH ”POWERBOOK G3”
LIVING AREA COUNTRY TOHOKU BOYFRIEND NOW I HAVE NO BOYFRIEND. I'M FREE. BEST FRIEND ○○○○
SHE SOMETIMES APPEARS ON THE PAGE.
私たちは、毎夜のようにメールを交換した。彼女は、いろいろなことを私に語ってくれた。
彼女は、農家の長女であった。彼女のアトリエは、家の敷地内にある蔵を改造して作られたのだと言った。
地元で就職してほしいという両親の希望で、商業高校の当時流行っていた国際〜科というところに入った。
「中途半端な内容で、あまり役立たなくてね」と、彼女は言った。でも、そのとき英語が好きになったことで、いまでは「私は英語、親友はスペイン語が得意なので、(二人で行く海外旅行は)だいたいのところはOKです」と言い切る。
高校を卒業後、大好きだった美術関係の短大に、親の反対を押し切って入学した。
高校、大学にかけては、バンドでベースギターを弾いていたという。大学2年の後期、半年ほどニューヨークの大学に美術の勉強に留学したそうだ。
短大卒業とともに両親の希望に沿って、地元の中学校に美術教師として就職した。その後、5年間教員として働いたが、やはりどうしても専門をやりたくなって、この年の4月、再び両親と周囲の反対を押し切って独立し、フリーで仕事を始めるようになった。
あるとき、彼女が”夢”を語ってくれた。
「私のいまの夢は、個展をひらくことです。まだまだ無名ですけど。あっ!別に名前を売りたいってわけじゃなくて。せっかくこういう仕事を選んだのだから、いつかはって思ってます。」
これが、ある日、彼女のホームページのトップを飾った作品であった。
これを見た私は、やや高ぶった感情を押さえ切れず、さっそく彼女にメールを送った。
「派手に打上げましたね〜!すっかりHP全体が、大人っぽくなりましたね。あなたのやろうとしていること(夢=個展)っていうのは、こういう感じの作品を狙っているんですか?とても綺麗で、SEXYで、SMARTですね!エロチックでもありますが。」
これに対する彼女の返事は、予想外にクールな内容のものであった。
「ぜんぜん違いますよ。HPとお仕事は違います。感覚もまったく違ったところにあります。ほんとに適当にしてますから。映像はしろうとですし。プロはもっと時間かけますよ。」
この返事で、私はますます彼女の才能に確信を抱いた。
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あるとき、私たちの間にささやかな行き違いが生じた。
その原因は、全面的に、私の勘違いによるものであった。
彼女がホームページ上で使用していた名前が本名であるなどと、当時、なぜ私が信じていたのか不思議だ。
しかし彼女が、「残念ながら仮名ですよ。それはわかってくださいね」とメールしてきたとき、私は次のように返信した。
「ほんとうに”○○○”が仮名だったら、私はたいへんショックです。あなたがメールアドレスにたいへん慎重だったのを知っているだけに、そのアドレスの名前が仮名とは、私にはとても信じられません。しかしもし、それがほんとうに仮名ということであれば、あなたに”わかってください”と言われても、すぐにはわかることはできません。
私は、あなたのほんとうの名前すら知らないわけですか?あまりにさびし過ぎますね!たとえどこかにあなたがいて、あなたという人の性格、キャリア、Hなどがわかって、あなたの顔や裸の体まで写真でわかったとしても、名前すら知らないのであれば、あまりに現実からかけ離れた世界と言わざるを得ません。
今日のメールでも、○○○という名前を何度も書きましたが、その○○○は、私が昨日まで呼んでいた○○○とは、違う中身のような気がします。いま、○○○と呼んでも、とても空しい気がします。○○○という人間は、現実にはいないわけでしょう?それは、とても大きな裏切りのような気がします。
私は、本名(姓名という意味ではなく、名前だけでもいいですよ)を知らない人と、これから今までのような気持ちでメールを書くことはできないと思います。」
私がそのメールを出したのが、深夜の3時。翌朝、彼女のホームページを開いた私の目に、”FROM ○○○ SEP.XX.200X”と題したニューページが飛び込んできた。
。。。。○○○。。
Why do you want to know my name?
Is it so important?
○○○ is ○○○.
If I would have another name,
I always tell you my feelings from the bottom of my heart.
I'd like you to understand that.
○○○ will always wait for your words.
「あなたを悩ませるようなことを言ってしまって、今はとても反省しています。あなたが私の誤解に対して、率直に心にあることを話して私の勘違いな部分を指摘してくれたことも、たいへん嬉しいことでした。」
私は直ぐに、彼女に謝罪のメールを送った。
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彼女は、フリーのデザイナーとして注文を請け負う一方で、週に3日、専門学校の特別講師の仕事をして、安定収入を確保していた。
仕事に関して、彼女はとても自分に厳しかった。注文が飛び込んでくると、彼女は毎夜、蔵を改造したアトリエで仕事に没頭し、講師の仕事のない日は、昼間も仕事をした。
そんな日が何日も・・・1週間、10日と続き、漸く期日に間に合わせて依頼されたデザインの納品が完了すると、彼女は突然行方不明になることがあった。
解放感を求め、彼女は愛車のセリカを駆(くし)って、かなり遠方まで1〜2泊のドライブに出かけるのであった。
「私は元気まんまんですよ。ドライブに出てました。行方不明じゃないですよ。
愛車のセリカをがんがんまわしてきました。たまにはまわしてあげないとね。
夜の東北自動車道は、まるでサーキットのようです。180〜200はいけますよ。(あぶないかな?)」
仕事熱心でチャーミングな彼女に、徐々に注文が増えてきたのは、当然の成り行きであったと思う。
装飾品のデザインのギャラは、高いときで50万円くらいになるという。
彼女は必死に仕事をし、その年の年末年始にかけて親友と中南米を旅行する計画を立てていた。そのため、週に一度、スペイン語の勉強にも通っていた。元カレと別れたばかりの彼女は、とても充実して仕事に熱中していた。
彼女と親友は、12月XX日、中南米旅行へと出発した。出発の前日、彼女は次のメールを寄こした。
「すごい興奮してます。あったかいんだろうな。カンクンは。カリブ海だからね。
水着新調してしまいました。5着持ってく私は....やはりアホかな〜!
水着って好きなんです。寒いとこ住んでるからかな〜。やけるかな〜。
メヒコがほんとうに自分が行きたいところかどうか、確かめてきます。もしそうなら......。
来年はまた、激動の年になるかも......。」
実は彼女は、しばらく前にこんなことを語っていた。
「最近、考えていることがあるんです。実は、海外留学したいなって思いはじめてます。
旅行もいいけど、何年か住んでみたいんです。
まだ行ってないけど、メキシコの芸術にはすごく惹かれます。スペイン語も面白いです。
でちょっと、下調べをしようかなって、思ってます。」
それからしばらくして、こんなことも言っていた。
「私は今、スペイン語を猛勉強しています。一日5時間しています。
メキシコに住む話、けっこうマジで考えてます。でも、まずは行ってみないとね。」

El Cenote Sagrado
「カンクンの”地下の泉”の画像も素晴らしいね!少し加工してるのかなあ?
人が泳いでいるのか、妖精が飛んでいるのかわからない。どちらにしても最高!」
「地下のはそのままです。ぶれてるんです。あまりの綺麗さに感動したので。
ツアーで時間もなかったから。泳ぐのが先でした。」
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年が明けて日本に戻った彼女を待ち受けていたのは、仕事関係の約100通のメールであった。
旅行に出かける前に、デザインを”A Happy New Year”に変えていたトップページは、1月が終わろうかという日になっても、未だそのままであった。
「まだ忙しいの?もう1月終わりだよ。HP,まだ”A Happy New Year”だよ。風邪など引いてないでしょうね?」
「大丈夫だよ。健康だよ。なんかすごく、自分でもびっくりするくらいお仕事の注文があって、忙しいです。
人からは、誰か雇った方がいいとか、事務所にした方がいいとか、いろいろ言われて困っています。
それで話聞いたりするのも忙しいの。あんまり手をひろげても自由がなくなるし。」
そのメールからたった3日経過して、再び彼女からメールが入った。
「人は雇うことになりそうです。アシスタントみたいな感じかな。でも、フリーの立場は崩さないと思いますよ。
HP作るひまもないのもどうかなって思っているので。
それと、3月にまたアメリカ行こうと思ってます。シカゴに行くんです。まだ行ったことないので。
ちょっと地味だけど、前から行きたかったんですよね。シカゴ美術館とか、シカゴフィルとか。印象派とか好きだしね。
ついでにニューオーリンズも行ってきます。」
よほど忙しかったのだろう。しばらく音沙汰がなかった彼女から、2月下旬になって、次のようなメールが入った。
「(アシスタントを雇う件は)若い娘がきています。いくらか楽になりました。マジに忙しいです。
HPのアップは、当分無理かも....。更新しないままシカゴかな〜。
わたしは今、よすて人のような生活をしています。もうずいぶん男の人と話してない....。ていうか・・・ひとと話してない....。
すらんぷだ〜!あ〜ゴルフしたい!スキーもしたい!
ちょっと不安定な○○○より。」
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3月が過ぎ、4月が過ぎ、5月に入っても、彼女のHPは未だ”A Happy New Year”のままであった。
5月半ば、彼女から久々のメールが入った。
「HPほったらかしてごめんなさい。わたしは講師のお仕事もやめて、いまメキシコの高原都市”○○○○○”というところにいます。
アシスタントの娘も、わたしのわがままにつき合わせるのは可哀そうなので、やめてもらいました。
当分、日本には帰らないでしょう。実は今回は旅というよりは、○○○○○大学に短期留学しに来たのです。
いまは短期滞在者用コースの聴講生なんですが、新学期から美術科に編入したいと思っています。」
「○○○ちゃん、驚いたよ!
以前メキシコに留学する話をしていたけど、ついに現実のものにしたんだね!
君の行動力は並じゃないね!何かに突き動かされているようなところがある。
目標が相当高いところにあるせいなんだろうか?いずれ必ず花が咲いて、今までやってきたことはこの準備のためだったのかと、合点がいく日が必ず来るような気がする。
あなたは並みの人ではない気がする。だから元カレとも別れることになったのではないだろうか?
あんな順風満帆だった生活を捨てて留学するなんて、信じられない!
○○○、頑張ってね!心から応援しているからね!私はいつでも君の側にいるよ。
TAKA」
6月半ば、彼女のホームページを開いた私の目に、鮮烈な画像が飛び込んできた。
ついに、過去6カ月間にわたって彼女のHPのトップを飾ってきた”A Happy New Year”が、更新されていた。
それも、目を奪うばかりの鮮烈な画像に。

Cancun Beach
「あなたの新デザインを見たとき、私の体の中をある感覚が突き抜けていきました。打たれるっていう感じ!
水着の女性の肉体の引き延ばされ、波打ち、誇張されたそのすべての線が、感動の響きを私の体の中で響かせます。
女性の突き出されたアゴ。人間と思えないその野性味溢れる顔つきに、私の心はまったく初めての異星人を見るように、その新鮮味と怖いもの見たさの入り混じった感情に、心がざわめきます。
そこにいる女性は、まさに○○○です。あなたの心が、女性の線すべてに現われていると感じます。
あなたはいずれ、売れっ子デザイナーになるでしょう!」
「時間がなくて適当です。トップのは、いちおうカンクンの画像を加工しました。」
彼女の返信は、いつもと同じく醒めた内容であった。
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短期滞在者用の聴講クラスをおえ、7月下旬に、彼女は○○○○○という地方都市からメールしてきた。
My Petite Fleur
「わたしは元気にやっています。こっちはとっくに夏休みに入ってます。
いまは、メキシコで知り合った友達のところへきています。○○○○○っていうところです。静かで安全な地方都市です。
スペイン語は、日常会話くらいはなんとかなるようになりました。
次じゃどこに行こうか、考えているところです。
いろいろ描いてます。とても楽しいですよ。いま描いてるやつのデザインを、パソコンで最初にイメージしたのをテンプします。
実物はけっこうでかいよ!空がむずかしい!」
これが彼女の最後のメールとなった。
「なんか文面から、楽しそうな○○○ちゃんの笑い顔が浮かんできそうだよ!
落ち着いた地方都市で、リラックスして絵に励んでいるようで、安心した。
次はどこへ行くのかな?ガテマラは心配だな!」
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その後、彼女が旅行に行ったのかどうか?旅行から無事帰って来たのかどうか?生きているのかすら、私にはわからない。
もし、彼女の身に何事かが起きたとしたなら、彼女の人生は、あまりにも”短い華”であったと言わざるを得ない。
○○○、生きていて、もしこの文章を読んだのなら、ぜひ私に連絡してほしい!
○○○、あなたは私の人生にとって、”小さな花”そのものであった。ありがとう!
(2002/12/14)
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