the NIKKEI-watcher

Japan Problem/国民の政治意識



日本人の本音」

日経新聞朝刊の「大機小機」は、それなりに人気のあるコラムである。
ただ匿名であることと、同一作者の登板の頻度が少ないところから、これまでなかなか当ウエブサイトで取り上げるチャンスがなかった。今回の作者「桃李」氏も、ほとんどたまにしか登場しない。しかし、私は同コラムにおける以前の氏のある記事に注目して以来、同氏の登場にはいつもたいへん関心を持ってきた。


DATE・・・・2000/10/14(M-17)
記者・・・・・桃李
TITLE ・・・”大機小機”/日本人の本音
評価・・・・・A 
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私は、この記事で同氏に注目し始めた。
桃李氏は、『現在の中国に行くと、多くの面で日本の方がはるかに社会主義的であることに驚かされる』と語る。
私はまだ、残念ながら中国に行ったことはないが、桃李氏が言わんとしていることには、まさに同感である。私は相当以前から同様の印象を抱いており、これもかなり以前のことになってしまったと思うが、某日、日経新聞の朝刊第一面の特集企画のコラムに、はっきりと中国の方が日本よりより資本主義的であるとの文章を発見し、小躍りした記憶が今でも鮮明に残っている。

戦後の日本は、極めて社会主義的な原理の下で、世界で最も貧富の差の少ない社会をつくり上げた。日本の行政は、ある問題が起こったときに、原則を貫いて断固たる措置をとり、明白に黒白をつけることはまれである。何か問題が生じたときには、結局痛み分け、けんか両成敗的解決が図られ、法律の厳格な適用よりも、全体の和を重んじる意思決定が尊重される。出る杭(くい)は打たれる村社会の論理である。

自らの保身を図る官僚組織に、抵抗の多い政策に挑戦する誘引がないためとする見方もある。だが、官僚組織は政治家が動かす。日本で有力であった政治家の言葉は、例えば「足して二で割る」とか、「言語明瞭、意味不明」である。これは要するに、「国民皆がけんかをしないように、うまくやってくれ」という政治的メッセージとも取れる。官僚組織はその指示に従わざるを得ない。

そして桃李氏のメッセージは、核心へ向かう。
だが考えてみれば、そのような政治家を選んだのは国民である。あるいは、我われ自身が無意識に大きな変革や、断固たる政治的決定を望んでいないのかもしれない。我われは本当に、決められたルールの下での自由競争が徹底し、貧富の差が大きい社会を欲しているのだろうか?

1994年の住宅金融専門会社の処理に当たり、6850億円の公的資金投入にあれほど世論の反発があったことが、今ではうそのようである。公的資金を受けている銀行の債権放棄は、一民間企業への公的資金投入と何ら変わらない』にもかかわらず、『もはや数千億円単位の銀行の債権放棄また何兆円単位の公的資金投入と聞いても、あまりに巨額で、度重なるとだれしも鈍感に』なってしまったようだ。
国を揺るがす大問題も、時間がたてば「人のうわさも75日」である。同様の金融システム問題に直面した諸外国に比しても、遥かに遅く不透明な不良債権処理や公的資金投入も、このような論理の延長線上にあると考えればわかりやすい。

私は、桃李氏と同感である。重要な点は、『だが考えてみれば、そのような政治家を選んだのは国民である。あるいは、我われ自身が無意識に大きな変革や、断固たる政治的決定を望んでいないのかもしれない』の部分である。だからこそ日本では、『金融システム問題に直面した諸外国に比して、遥かに遅く不透明な不良債権処理や公的資金投入』がまかりとおる。
ただ、『国を揺るがす大問題も、時間がたてば「人のうわさも75日」である』の部分に関しては、私には異論がある。そのような国民性になるように仕向けていった、マスメディアの大きな責任の問題である。国民が忘れる以前に、断固たる追求を継続しないマスメディアの体質。ジャーナリストとしての本分を失い、時の政権に擦り寄り、大衆の啓蒙を放棄してポピュリズムに流れる日本のマスメディアの体質こそ、「ジャパン・プロブレム」の主要なる要因ではないかと、私は考えている。

最後に桃李氏は、国民に問いかける。
自分が弱者の立場にあったときに、政府に依存しない強さを持っているだろうか?それを受け入れる覚悟がなければ、多額の税金を甘んじて払うほかはない』と。


それから1年以上が過ぎた12月5日、「大機小機」に再び桃李氏が登場した。

DATE・・・・2001/12/05(M-19)
記者・・・・・桃李
TITLE ・・・”大機小機”/変化の遅い国
評価・・・・・A 
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世界が日本に対して持っている危惧は、ひとたび困難な問題に直面したときの、政府の問題解決能力とそのスピードである。
日本国債の格付けが主要七カ国中最低となった12月4日の翌日朝刊のコラム「大機小機」で、桃李氏は、『世界最大の債権国であり、1400兆円もの個人金融資産がある世界第二の経済大国であり、世界をリードする技術を数多く持っている』日本の問題点を、こう指摘する。

他の先進諸国なら、財政破綻回避策や金融危機解決策など、一国の重大事に対しては与野党挙げて早急な解決に取り組むであろう。なぜ日本ではこれほど大規模で世界的影響も大きい諸問題に対して、与党内でさえ意見の統一ができず、首相の指導力も発揮できないのか。金融危機や景気対策にしても、内閣、財務省、日銀、金融庁が一致協力して取り組んでいるとはとても思えない。

桃李氏は、『これは単に国内総生産(GDP)比の国債残高が高いとか、金融危機の解決や景気回復の見通しが立たない、といった現象面の指標の悪化だけを反映したものではない。そのような体制で、どのようにして世界でも異例のデフレ状態から脱却できるのか。デフレ脱却の見通しが立たなければ、国債の格付け低下は必然的帰結である』と結論付ける。当然であろう。

なぜ日本では、これほど変化のスピードが遅いのか。

結局日本では、大多数の人が現在のシステムの上で既得権益を持っており、急激な変化を望んでいないのではないか。欧米型のより大胆な市場経済化や規制緩和、財政支出の縮小を伴う小さな政府、所得格差の拡大の容認など、いまや世界標準となった政策に反対なのではないか。

各文末に?マークがないことにご注目いただきたい。桃李氏は、確信しているのである。

政治は一票の格差が是正されれば、変わるだろうか。それでも変わりそうにないとすれば、やはり日本は欧米諸国とは違う「異質の国」なのだろう。異質な国の主張は理解し難いから、日本の提案は国際社会では採用されず、政治的・経済的影響も低下せざるを得ない。

ここでも桃李氏は、日本国民に問いかけている。
この問いに、日本国民はどのように答えるのだろうか。

私は従前より当ウェブサイトにおいて、日本人の7割は、桃李氏の言い方を借りれば『現在のシステムの上で既得権益を持って』いると考えてきた。ただし、昨今の小泉首相の80%を越える驚くべき支持率を考慮すると、あるいは8割以上と考えたほうがいいのかもしれない。この点で、私はまったく桃李氏と意見を一(いつ)にする。
一方で私は、日本国民のそのような国民性というか政治意識に対して、国民そのものを批判したくはない。それは原因ではなく、結果なのではないであろうか?長年にわたってジャーナリストとしての本分を失い、時の政権に擦り寄り、大衆に迎合するだけのポピュリズムとコマーシャリズムに流れて、大衆の啓蒙をなおざりにしてきた日本の巨大マスメディア、ここに「ジャパン・プロブレム」の相応の責任があるというのが私の基本的見解であり、桃李氏と異なっている部分かもしれない。
(2001/12/20)

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