the NIKKEI-watcher
Japan Problem/「行政」の責任を問う

闇の検察「けんか両成敗」その1)



<私憤か?義憤か?>





私憤?義憤?それは大きな問題なのであろうか?
当初は「私憤」であった、それは間違いない。なぜなら本人がそう言っているのだから。
元大阪高検公安部長。58才。155CM。愛媛県出身。
1969年に司法試験合格。72年に検事となり、高松、京都、長崎、鹿児島、神戸各地検などで捜査や公判を担当。
大阪高検検事などを経て、99年7月から同高検公安部長を勤めた。
その人の名は、三井環氏
今年4月22日、競売物件のマンション売買に絡み、偽の住民票登録を行うなどしたとして、詐欺電磁的公正証書原本不実記録同供用公務員職権乱用の疑いで、大阪地検特捜部により逮捕された。


4月22日の日経新聞夕刊19面に、同氏の逮捕劇に関する元検察幹部の二様の感想が取り上げられている。

【元東京地検特捜部長の河上和雄弁護士の話】
「そんなバカな事をする検事がいるのかと驚いている。検事が暴力団員とつながりを持つこと自体、信じられない。
これほどひどい不祥事は聞いたことがなく、検察全体の信用にかかわる問題だ。」

【元札幌高検検事長の佐藤道夫参院議員の話】
「事実関係と動機が分からないので踏み込んだコメントは差し控えたいが、金額も小さく、現職の幹部検事をいきなり逮捕する罪状ではない。
通常なら任意で聴取して、在宅起訴するケースだろう。相当数の余罪や許し難い背景などがあるのかもしれない。」

24日の日経朝刊の”春秋”が、上記相反する二様の感想を、次のように表現していた。

悪徳検事の処断か、内部告発者の口封じか、その両方か。
捜査を察知した被疑者が、内部告発の捨て身の戦法に出て取引を企んだのかもしれない。
検察組織が口を封じたい相手に、格好の容疑を見つけたという推量も成り立たなくはない。
(省略)逮捕当日、前公安部長は内部告発でテレビ取材を受ける予定だったという。偶然ならば「良すぎる」タイミングだ。』

逮捕当日すなわち4月22日夜、テレビ朝日の「ニュースステーション」が、三井氏はこの日夕、同系列の報道番組(鳥越キャスターの「ザ・スクープ」)の取材を受ける予定であったと報じた。

政府が5月31日の閣議で、監督責任を怠ったとして原田明夫検事総長らを国家公務員法に基づく戒告とするなどの処分を決めてクサイモノニフタをして幕引きを終えた。
6月4日の日経新聞朝刊”社説”は、次のようなオドロオドロシイ言葉で事件を総括した。

『国民にとって何より衝撃だったのは、大阪高検の公安部長という要職にある検察官が、捜査情報を得たいという趣旨であることを知りながら、山口組系暴力団幹部から酒食のもてなしや女性の紹介を受けていたことである。
まるでマフィア映画を地で行くような組織暴力団と検察官部の癒着ぶりである。組織暴力団と検察幹部が手を結べば、およそ社会正義の実現など空念仏に終わる。』


”文芸春秋”7月号が、朝日新聞落合博実記者の「大阪高検公安部長が私に訴えたこと」と題するコメントを掲載した。
落合記者は昨年7月、初めて当時大阪高検公安部長であった三井環氏と面談したという。そこで三井氏は、

『「初めに申し上げておきますが、動機は私憤です」と話し始めた。
氏の目的ははっきりしていた。マスコミを使って大阪地検検事正の加納氏に対する恨みを晴らしたいということだった。
事件処理をめぐって意見が対立し、人事で不利な扱いを受けてきたという。
職を賭けるほどの恨みとは何か。内容を聞いても、それ以上は何も語らなかった。』


前に引用した6月4日の日経”社説”は、さらに次のように語る。

『元公安部長の「転落」の背景には、人事評価への不満があったといわれる。
検察官は独立して権限を行使する半面、「検察官同一体の原則」に基づいて上司の指揮監督を受ける。
上に立つ者の権限が大きいだけに、それを選任する人事評価の客観性と透明性が求められる。
司法改革の一環として、最高裁は裁判官の人事評価の透明性や客観性を確保する仕組みの検討を始めた。
腐敗を生まない、風通しの良い組織にするために、検察も人事評価の見直しと研修制度の充実が不可欠だ。』


まるでマフィア映画を地で行くような」と”社説”で語られ、監督責任を問われた検事総長が戦後の検察史上初懲戒処分を受けて幕が引かれた元大阪公安部長・三井環氏の「検察史上類を見ない不祥事」(原田検事総長)とは、いったいどのような犯罪であったのであろうか?




登場人物

三井環         元大阪高検公安部長。58才。
              4月22日、詐欺容疑などで逮捕。
              同日付、同高検総務部付。
              5月10日、詐欺罪などで起訴。収賄容疑などで再逮捕。
              同日付、懲戒免職処分。
              5月30日、収賄と公務員職権乱用の罪で追起訴。
亀谷直人        山口組系暴力団組長。55才。
              4月22日、詐欺容疑などで逮捕。
              5月12日、処分保留のまま釈放。
田中徹          不動産仲介会社経営。57才。
              1974年に退職した元兵庫県警警官。
              4月22日、詐欺容疑などで逮捕。
              5月12日、処分保留のまま釈放。
渡真利忠光       山口組系暴力団組員。訪問介護事業会社経営。40才。
              4月22日、詐欺容疑などで逮捕。
              5月10日、贈賄容疑で再逮捕。
              5月30日、贈賄罪で起訴。
加納駿亮        大阪地検検事正→福岡高検検事長
川上道大        高松市のミニコミ紙社主。54才。
庫山恒輔        仙台市民オンブズマン事務局長
原田明夫        検事総長
東条伸一郎       大阪高検検事長
大塚清明        大阪高検次席検事→同公安部長兼任
森山真弓        法相    
小泉純一郎       首相


以上敬称略。



<元大阪高検公安部長のやったこと>


三井環氏は財テク、それも”不動産ビジネス”に関心があったようだ。
同氏が不動産取引に手を染め始めたのは、1988年前後の高知地検次席検事に着任した頃で、その後、主に赴任先で次々と購入するようになったらしい。
これまでに兵庫県内を中心に西日本地域で数十件の不動産を取得し、一部は転売して利益を得たものもあり、現在は16件の不動産(うち12件は競売で取得)を所有しているという。
物件取得のための借金も約1億2,500万円に膨らみ、8物件からの賃料収入約63万円/月に対し、借入金の返済額は約66万円/月に上るという。

事件の舞台となった神戸市中央区のマンションの一室は、亀谷直人・山口組系暴力団組長の親族名義となってはいたが、実質的に同組長が所有し組事務所として使用していた物件であった。
抵当権を設定していたノンバンクへの約5千万円の債務返済不履行により、1996年に最初の競売にかけられた。
しかし、競売中も亀谷組長は組事務所として使用を続け、住民から立ち退き要求を受けていたことなどが嫌気され、三井氏が落札するまでに計8回も競売が流れていた”問題物件”であった。
三井氏は昨年2月、この間の事情を競売物件現況報告書などにより熟知した上で1,651万円で落札、金融機関から1,400万円を借り入れて所有した。
将来的に落札されないと安心していた亀谷幹部は、当時現役の大阪高検公安部長であった三井氏の落札に驚き、5月、同じく山口組系暴力団組員の渡真利忠光を代理に立てて、三井氏に買戻しの交渉を申し出た。(日経新聞2002.4.25朝刊43面)
三井氏は、元兵庫県警警官で不動産仲介会社役員の田中徹氏を代理に立て、取得額より高値で買い取らせる交渉にあたらせ、いったんは部屋の名義人であった亀谷組長の親族と2,000万円での買い取り契約がまとまった。
この際、三井氏が負担すべき所有権移転登記に関わる登録免許税を、亀谷組長側が肩代わりすることでも合意したという。
登録免許税
不動産などを登記する際にかかる税金。
建物の所有権を移転する際は、不動産価格の5%が課税される。
新築物件を購入して保存登記する際は、不動産価格の0.6%が課税される。
しかしいずれのケースも、自宅として使う場合は、それぞれ0.3%と0.15%となる軽減措置がある。
住んでいなければ、軽減措置の対象にならない。
この間の経緯における三井氏の言い分を推察すると、大阪高検公安部長という職業柄、暴力団員の扱いには手慣れている自信から、そのマンションの物件に居住していた暴力団員を立ち退かせることは容易と考え、落札することを決めたのであろう。
過去に三井氏が、競売物件の安値落札後に転売して差益を得ていた同様のケースが、他にも何件かあったという話もある。
ところが思いがけなく、居座っていた亀谷組長側から買戻しの話が舞い込んできた。
これを幸いに金額を上乗せして亀谷組長側に買い戻させる契約を結び、さらに自身の支払うべき登録免許税まで相手に負担させることに成功したーーといったところであろうか。

元兵庫県警の警官であった田中徹氏は、84〜87年まで兵庫県警OBが経営する神戸市内の不動産会社で働き、87年5月に独立して不動産会社を設立した。
この頃から不動産売買のアドバイスを通じて、現役の検察官であった三井氏と関わるようになったという。
裁判所の競売物件は、シロウトが簡単に手を出せるようなものではなく、検察官の立場にあった三井氏と兵庫県警OBの不動産屋の組み合わせは、競売物件を中心とする”不動産ビジネス”にのめり込むには絶妙の組み合わせであったと言えるかもしれない。

昨年7月、三井氏より、落札した同マンションへの転入届が神戸市中央区役所へ提出された。
さらに翌8月に同氏は、同区役所から住民票の発行を受け、登録免許税の軽減措置を受けるための住宅用家屋証明書を取得し、軽減税率の適用により47万5,400円の軽減を受けた。
同マンションを落札した当時、三井氏は神戸市内の一戸建てに居住していた。
昨年6月には、2,000万円を借り入れ西宮市のマンションの一室を購入し、所有権の移転登記も済ませ、家族と共に転居していた。
その翌月、神戸市中央区のマンションへの転入届が提出されたことになる。

当時、そのマンションの部屋には亀谷組長が居住し、組の事務所として使用していた。
三井氏は明白に、居住していない場所への転入届を提出し、対象とならない登録免許税の軽減措置を受けていた。
そしてこれが、大阪地検特捜部による三井氏逮捕の直接の容疑となった。
三井氏の4月22日の逮捕容疑
神戸市中央区のマンションに居住していないにもかかわらず、昨年8月、所有権移転登記に伴う登録免許税の税率の軽減を受けようと考え、住宅用家屋証明書を交付させて47万5,400円の軽減の適用を受けようとし、中央区役所から同証明書をだまし取ったことによる、詐欺と電磁的公正証書原本不実記録、同供用の疑い。
三井氏はこの点に関し、逮捕後の尋問にあくまでも「近く住むつもりで、弁護士事務所にする予定であった」と供述し、詐欺容疑を否認しているそうだ。
それにしても、47万5,400円の詐取で、現役検察幹部が逮捕とは・・・?

三井氏と亀谷組長側との間で結ばれた買い取り契約は、亀谷組長側の資金繰りがつかず期限内に支払いが履行されなかったため、数度にわたって支払期限延長の契約更新が行われた。
この契約更新に際して、亀谷組長側から三井氏の口座へ、売買手数料として数回に分けて数十万円が振り込まれたほか、引き続き同部屋を使用し続けている負い目からか、神戸市内の高級クラブで酒食の接待をしたという。
昨年9月には、三井氏の親族が死去した際に十万円の香典を送るなどもした。

そしてこの「神戸市内の高級クラブで酒食の接待」の部分が、三井氏の5月30日追起訴の直接の理由となった。
三井氏の5月30日の起訴事実
2001年6月から7月にかけ、捜査情報の漏洩の便宜を求められていると知りながら、山口組系暴力団員・渡真利忠光被告から神戸や大阪市内の高級クラブで計約15万円の接待を受けたほか、デート嬢を紹介され、ホテル代など計約13万円の提供を受けた。
また、2000年8月、職務上の必要がないのに、松山市内の競売物件のビルを占有していた女性の夫である暴力団組長の前科調書を松山地検を通じて取り寄せた。
山口組系暴力団員・渡真利忠光は、既述の通り、亀谷組長の代理として三井氏側との買い取り交渉の窓口となっていた人物である。
5月から始まった交渉は、秋まではある意味「蜜月関係」(日経新聞2002.5.13夕刊15面)であったそうだ。
従って昨年の6月から7月にかけて、資金繰りがつかず期限に契約を履行できなかったにもかかわらず、引き続きマンションの部屋を使用し続けている負い目のあった亀谷組長側の代理である渡真利忠光組員が、三井氏を高級クラブで接待したり、デート嬢を紹介したりしたことは、かなりありそうなことである。

大阪地検特捜部の調べでは、三井氏は昨年7月、大阪府警が監禁などの容疑で追っていて逃走中の、渡真利組員の上部団体にあたる暴力団組員(50)の前科調書を、職務上必要ないにもかかわらず、部下の大阪高検公安部公安事務課長に取り寄せさせたという。
これが渡真利組員の依頼に基ずくもので、調書の内容も三井氏から渡真利組員に伝えられ、その見返りが高級クラブでの接待とデート嬢の斡旋であった、というのが特捜部の起訴理由である。


三井氏はこれに対し弁護団に、「クラブに行ったのは2回程度あるが、職務に関し接待を受けたことはない。女性を紹介しろと言ったことも、会ったこともない。暴力団組員の前科を確認しただけだ」と容疑を全面否認しているということだ。
一方、渡真利組員の方は、容疑を認めているという。
高級クラブは座るだけで数万円かかるといわれ、一回の接待費は十万円以上にもなるとみられる。
その意味で、起訴された約15万円という金額は、三井氏の語る「2回程度」という言葉に、真実味を与えているようだ。

秋になっても相変わらず亀谷組長側の資金繰りがつかず、三井氏の落札したマンションの一室の買い取り契約が難航してきた。
このため三井氏は、話し合いを有利に進めるため、昨年11月に部下に命じて渡真利組員の前科調書を取り寄せた。
これが5月10日に起訴された公務員職権乱用罪の内容となった。
三井氏は特捜部の尋問に対し、「暴力団がマンションを占拠しており、捜査のためにやった」と供述している。


また三井氏は、昨年秋に同物件を2,950万円で売りに出していた。
同氏は、亀谷組長側を呼びつけるなどして、「刑事責任を問われてもいいのか」などと立ち退きを要求して威圧するなどしたが、昨年末には交渉が事実上決裂した。
今年に入って三井氏は、同物件に対して、民事執行法による明け渡し請求を神戸地裁に申し入れ、2月には神戸地裁が執行手続きを行い、亀谷組長側はマンションから退去した。

5月12日、大阪地検特捜部は、4月22日に三井氏とともに詐欺などの容疑で逮捕した亀谷直人・山口組系暴力団組長と、田中徹・不動産仲介会社役員を、処分保留のまま釈放した。
釈放理由を、登録免許税の詐取容疑に関して、「三井容疑者が主導的役割を果たし、二人は従属的立場だった」と説明している。


これがわからない。
結局、結果的には、4月22日に三井環・大阪高検公安部長(当時)と亀谷組長、田中・不動産仲介会社役員の三人が詐欺罪等で逮捕された理由は、文字通り、登録免許税を47万5,400円詐取したことだけであったのか?
いったい不動産の登録免許税を47万5,400円詐取しただけで、三人も(しかもそのうちの一人は現役の検察幹部ときている)逮捕されるものなのか?
しかも、そのうち二人は釈放されてしまった。
なんとなく釈然としない。


4月22日の大阪地検特捜部による亀谷、田中両容疑者逮捕を報じた同日付日経新聞夕刊1面は、次のように報じた。
『特捜部は同日、三井容疑者と共謀したとして暴力団関係者ら二人を詐欺などの容疑で逮捕した。
調べによると、三井容疑者は暴力団関係者と共謀の上、競売物件の神戸市中央区のマンションの一室を取得、この部屋の名義人に買い戻させることを画策。(省略)』

ひょっとして大阪地検特捜部に、三井氏の疑惑に関し、なにか重大な見込み違いがあったのではなかろうか?
毎日INTERACTIVEが、4月23日に次の記事を流していた。
『関係者によると、三井容疑者は、マンションの所有者側の山口組系暴力団組長・亀谷直人容疑者と共謀。
安値で抵当権を抹消するため、暴力団関係者が居座り続けるなどして競売を妨害した後に、三井容疑者が落札する計画を立てた。
この結果、三井容疑者が、4,000万円以上とされるマンションを約1,600万円の安値で落札した。』

もし大阪地検特捜部が、上記のような絵を描いて三井容疑者と他二名を詐欺容疑で逮捕・起訴したのであったなら、日経”社説”のいう「まるでマフィア映画を地で行くような」犯罪であったろう。
しかし結果は、御承知のとおり、47万5,400円の登録免許税の詐取であり、共謀したとされる共犯二名の釈放であった。
これが「マフィア映画を地で行く」ストーリーなのであろうか?

似たケースが、5月30日の三井氏追起訴の事実においても見受けられた。
三井氏は5月10日、収賄容疑で再逮捕されたが、同日の日経新聞朝刊43面の次の記事をご覧いただきたい。

『大阪高検前公安部長による詐欺事件で、逮捕された三井容疑者が、マンションの売買交渉をしていた暴力団側から、総額百万円以上に相当する接待を受けていたことが9日、関係者の話でわかった。
大阪地検特捜部は過剰な接待が、三井容疑者が職務上知り得た情報の提供を期待するワイロだった可能性が強いとみて、収賄容疑で再逮捕する方針を固めた模様だ。
関係者によると、三井容疑者は、暴力団側と競落したマンションの買取交渉を始めた昨年6月以降、十数回にわたって神戸市の高級クラブなどで接待を受けたほか、数回、女性を紹介されたという。』

結果は、これまたご承知のとおり、接待の額が約15万円、デート嬢代が約13万円合計約28万円というのが検察側の起訴事実で、これに対して三井氏は、「クラブに行ったのは2回程度女性を紹介しろと言ったことも、会ったこともない」と容疑を否認している。

さあ、読者の皆さん。これが詐欺、収賄などの罪で起訴された元大阪高検公安部長のしたことである。
もちろん、国家公務員倫理法により、管理職クラス以上の公務員は、事業者から金銭の供与や接待を受けた場合、報告しなければならないと規定されており、三井氏の行為は同法に抵触していたと思われる。
また、家賃収入などを税務申告していなかった所得税法違反の疑いもある。

しかし、それらすべてのことを考慮しても、三井氏の行為が、現役の検察幹部として、逮捕に値するほどの「検察史上類を見ない」重大な犯罪であったのであろうか?
まして、たとえ現役の検察幹部であろうが、職務とは関わりのない副業ビジネスの上で、47万5,400円の登録免許税のごまかし詐取を行い、たまたま取引相手として接点ができた暴力団組員と数回酒食を共にして馳走に預かったことが、管理責任を問われて検事総長が、戦後の検察史上初の「懲戒処分」を受ける対象となる事件なのであろうか?

その原田明夫検事総長は4月22日、三井氏逮捕にあたっての記者会見で、
「今年に入り、金銭の授受や酒食の供応など、三井容疑者と暴力団関係者とを巡る黒い交際の情報が寄せられたため、内定捜査を進めたところ、今回の事件を把握した」と語った。
”文芸春秋”7月号に掲載された朝日新聞・落合博美記者のコメントによれば、少なくとも三井氏の私憤は、1999年1月には既に押さえられないものとなっていたようだ。

果たして、三井元大阪高検公安部長の私憤と、戦後の検察史上初と言われる原田検事総長の懲戒処分とは、係わり合いがあるのであろうか?
原田検事総長はこの事件を、「検察史上類を見ない不祥事」と言う。
一方、三井氏は、5月13日付の「声明文」の中で、「・・・・・収賄罪という国民受けの罪名を、暴力団員の嘘の供述のみによって犯罪事実をデッチあげ、それを真実として私の真相供述は否認と位置づけ、検察の組織的裏金づくりをに葬ろうとするものであります。・・・・・」と主張している。


<元大阪高検公安部長が言いたかったこと>それは、何であったのであろうか?
 闇の検察「けんか両成敗」(その2)<渡真利被告の初公判>
  同 (その3)<大阪府警守口署の”メンツ”>
  同 (その4)<海パンの侵入者>
  同 (その5)<元大阪高検公安部長の言いたかったこと>
をお楽しみに。
(2002/06/19)


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